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砂浜の恋
雄也と出会ったのは、小学生の時だった。
お互い恋愛なんて知らないガキンチョで、休みの日は2人で沖縄の海を駆け回っていた。
離れ離れになった私達だったけど、東京で就職したまたま、取引先の企業に雄也がいた。
お互い25歳で再開した時、徐々に恋愛感情を抱き惹かれていった。
♦︎
付き合って三年、私達は郊外のマンションで一緒に暮らしていた。
「紗和、起きろよ。」
窓から漏れる朝日と、雄也の手が私を揺らす。
鼻にはコーヒーの匂いがくすぐる。
幸せな日々だった。
食卓には雄也の入れたコーヒーと朝食。
雄也は私よりも料理上手だった。
♦︎
気付けば、お腹の中に子供がいた。
雄也との子供だった。
いつかテレビであっている沖縄の海を見ながら雄也が言っていた。
「人生ってさ、足跡みたいだよな。頑張って歩いても、歩いた後なんか全部波に呑まれて消えちゃうんだ。あっ!今俺いいこと言っただろ?」
そう言ってふざけて私を笑わせてくれる雄也が大好きだった。
子供ができたと告げた時いつになく真剣な表情で雄也が私に膝をつき、私に指輪を渡した。
「紗和、結婚して下さい。」
「はい。」
そうして、私達はお互いの両親に挨拶をし、籍を入れた。
♦︎
籍を入れて一ヶ月。
雄也が死んだ。交通事故だった。
私は仕事を辞めて、マンションを引き払い地元の沖縄に帰ってきた。
昔雄也と一緒に過ごした、沖縄の海なら雄也にまた会える気がして。
会えるはずなんてないのに。
少し肌寒いが、雄也が生きてた頃に着ていたパーカーを上から着ているから心なしか暖かい。
まだ少しだけパーカーからは雄也の匂いがする気がした。
右手には脱ぎ捨てたサンダルを持つ。
波打ち際を歩くたび私の足跡が、一つ、また一つと増えていった。
いっそ波に飲まれてしまおうかと、歩みを進めながら海を見つめる。
沈みかけた太陽が波に煌めき私を照らす。
波の音が心地よい。
「幸せになれよ。紗和。お前なら大丈夫だ。」
隣で雄也の声が聞こえた気がした。
ふと後ろを振り返る。
雄也がいるわけがない。
疲れておかしくなっているのか。
足元を見ると、私が歩いてきた足跡が1組あるはずだった。
しかし、私の隣には私より大きな足跡がもう1組連なっていた。
隣には誰もいないはずなのに。
私の足元まで続く男女の2組の足跡。
さっき聞こえた声がもう一度頭の中でリピートする。
『幸せになれよ、紗和。』
気づくと膝から崩れ落ちていた。
雄也から貰ったパーカーを身体に抱え込む。
涙でグチャグチャになった視界には2組の足跡が映る。
きっと、雄也は姿は見えなくても私の側を歩いていたのだ。
落ち込む私を心配して、励ます様に寄り添ってくれていた。
「ゆうや、雄也っ!」
2組の足跡と私の泣き声は波に攫われて消えていく。
雄也がいた痕跡を攫ってしまう。
私に、その足跡を留める事はできない。
人生は砂浜に消える足跡の様だと思う。
雄也の歩んできた人生は、波に攫われた足跡のように突然消えてしまった。
寄せては、返す波は雄也と私の足跡を簡単に攫ってしまった。
それでも、私が聞いた声は胸の中に残り続ける。
『幸せになれよ、紗和』
この言葉を胸に次の一歩に踏み出せるだろうか。
グチャグチャになった私の心を、拭う様に。私と、お腹の子を励ます様に。
波の音と雄也の声が、私の心の中にいつまでも響いていた。
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