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母は、二楷堂の屋敷で住み込みのアルバイトをすると言ったら、うれしそうに笑って送り出してくれた。定期的に弟から手紙を出すとも言っていた。
「楽しませるとは、何ですか。……執事なんてしたこともないですし、坊ちゃまを楽しませるようなことは……」
「執事? 面白い冗談だね」
真剣に声を返したはずが、けらけらと笑われてしまった。さも可笑しそうに笑う男が、長い足でソファまで歩いていく。
ためらいなく高級そうなソファに座って、入り口で立ち尽くす私を見据えた。
「行き違いがあったかな?」
「行き違い?」
「僕は君を友人にするわけではないよ。君は今日から僕の恋人になるんだ」
悪魔は笑っていた。地獄のど真ん中で微笑んで、こちらへと手を差し出してくる。
「ほら、こっちに来てよ。僕を楽しませないと、弟君が死ぬことになるかもしれないね」
「君が楽しませてくれるうちは、父に黙っていてあげるよ。そう難しいことじゃないだろう」
醜悪な性格の男が、恋人に甘えるような声色で囁いている。
面白おかしく笑っている顔とは真逆の言葉に、背筋が粟立った。この男は、心底楽しんでいる。
人間の尊厳をめちゃくちゃにして弄ぶ、最低の悪魔だ。
「君は未来永劫、僕のものだ。いいね?」
淡い期待が崩れる。
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