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素直になれたためしがない。
もしかしたら、秀もそうなのかもしれない。
照れ隠しのような声で、笑ってしまった。眠っている間の一週間、秀が、どれだけ私のことに心を砕いてくれていたのか、知らされてしまった。
弟の心臓の移植も、本来なら、秀が受けるはずだったと聞いた。ほとんどダメもとで行われることになっていたからと、秀が隆一に移植をしてほしいと申し出たのだと教えられた。
その時の私の感情を、どう表現すればいい。
秀、この感情の居場所の名前を、あなたは知っているのだろうか。
「まあ、弟の命を救っていただきましたから」
ばかみたいな言い訳で、秀がもう一度笑った。
私も秀と同じように思う。秀のうつくしい顔が死んだように動かないままでいるよりも、馬鹿にしたような笑みを浮かべている瞬間のほうがすきだ。
「それに、私が執着すべき相手は、もう、この世に一人しかいないのでしょう」
永い眠りにつく前に男が言った、精いっぱいの告白をなぞるように囁き返している。
私の言葉を聞いた秀が、ばつの悪そうな顔を作って、「お前は性格が悪い」とつぶやく。その癖に、私の手を握りしめていた。
「お前はもう、ずっと前からおれのものだよ」
不器用な声で唆した。秀が不健康そうな指先で私の頬を撫でて、許可を取るつもりもなく、すこしかさついた唇で熱を移してくる。
至近距離で目があったら、とろけそうな生命のかがやきが眩く瞬いた。
「やっと手に入れた」
ずっと前からおれのものだと言うくせに、この世の宝を手に入れた子どもみたいにきらきらと笑っていた。
秀の瞳はうつくしい。
とうとううるわしき悪魔に捕まってしまった心臓が、うるさく喚いていた。
恋は最悪の呪いだ。
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