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1.出会い
燃えるような夕陽が体を包んでいる。その熱を受け取ったような体を引きずって、倉橋祐太はパワースポットを目指していた。
幼い頃、物心がついた頃から祐太の日常に割り込んできたこの世ならざるもの――所謂、霊という存在は、どうも祐太を狙っているらしい。波長が合うのか、憑きやすい弱さがあるのか。原因は全くわからないが、視えることがわかるや否や祐太に取り憑こうと襲ってくるのだ。
(こういうときは、パワースポットなんだ……確か、近くに神社があったはず)
襲い来る異形から逃げまどっていたとき、たまたま神社に逃げ込んだことがあった。ダメもとで駆け込むと、先ほどまですぐ背後に迫っていた鬼のような形相の老婆の霊がどこにも居なくなっていた。神様ありがとう、と感謝しながら、祐太はしばらく膝を抱えて蹲ったのだった。
それ以来、霊が憑いていようがいまいがパワースポットや神社、何も名前が付いていなくても清らかな空気が満ちる場所、出来る限りそういった場所を選ぶようにしている。それなのに、と少し前の自分を恨んだ。
この春から通う大学の旧体育館、どうしても単位が必要だったスポーツ実技の講義が行われたのがそこだった。嘆くほど運動音痴ではないものの、得意と言えるほどでもない。汗を吸ったシャツを着替えたくて使用した更衣室に、そいつはいた。
今、祐太には霊が憑いている。それはぼんやりとしたシルエットの、恐らく力のない悪霊だ。
非常にまずい状況だった。何がまずいかと言えば、自分自身の体が言うことを聞いてくれないのだ。原因不明の体調不良や金縛りとは違うとはいっても本来ならば恐怖を感じるはずなのに、恐怖とは無関係の衝動に支配されそうになっている。祐太は男でありながら、男に抱かれたいと思っているのだ。
人目につくのは得策ではない。祐太自身が我慢できるかどうか、という問題もあるのだが、この状態になった祐太はどうも男を引き寄せてしまうらしい。こういった状態になってしまったら、できるだけ人気のない道からパワースポットを目指すしかなかった。
「んっ、はあ、はあ……っ」
いやに敏感になった体は、身にまとう衣服が擦れる感覚すら拾ってしまう。足を動かすのも辛くなって立ち止まり、汚れた壁に手をついた。寂れた廃屋の塀のようだ。熱く湿った息を吐き、どうにか体の熱を逃がそうとする。
いったん落ち着いてあたりを見まわすと、鬱蒼と生い茂る木々の遠く向こうに朱色が見える。神社まではもう少しかかりそうだ。
忘れ去られたような寂れた小さな公園を見つけて、今にも崩れ落ちそうなベンチに腰をかけた。
早く神社の近くに行きたい。あの清々しい空気に触れて、この腹の底に渦巻く欲から解放されたい。ただ、それとは別に神聖な気配が周辺にあるのを祐太は感じていた。
祐太は霊が視えるのと同じように、清らかな気配を察知することも得意だった。その根幹が同じ力なのか、それともどちらかが副産物なのかはわからない。今はその能力に感謝するばかりだが、いかんせん周囲に「よくないもの」を寄せ付けない清い空気が少なすぎるのだ。それに比べ、祐太を狙う「よくないもの」はそこかしこにうようよいる。
理不尽さを呪いながら、公園を抜けるためになんとか立ち上がろうとした祐太に影がかかった。嫌な悪寒が肌を撫で、体が震えた。
ゆっくりと顔を上げると、祐太を囲むようにして三人の男が立っている。まだ若く見えるが、祐太よりいくつか年上だろうか。妙に興奮したようすの彼らは、誰がどう見ても素行不良だと思うであろう格好だった。ありていに言えば、ヤンキーだと祐太は思った。
「なにか、用ですか。俺、今はなにも持ってな――っ!?」
彼らのような目を祐太は何度も見てきた。理性をなくした獣のような変にギラついた瞳は、祐太への性衝動を隠そうともしていない。胸倉を掴まれたかと思うと、ベンチに叩きつけられた。側頭部や肩、腰に痛みが走る。
「っうう、あ……!」
痛い。痛いが、その衝撃すら甘やかな刺激となり祐太は唇を噛んだ。その反応に気をよくしたのか、男たちは無言で祐太の体をまさぐってきた。どこに触れられても痺れるような快感が抜けていく。首筋も、胸元も、背中も、脚も、全て気持ちよかった。
もっと、もっと触ってほしい。もっと滅茶苦茶にしてほしい。もっと――そこまで考えてハッとした。あの清い気配が、すぐ近くにある。
「ア、やだぁっ、離し、んんう! う、ああ……っ」
なすがままだった祐太の抵抗に男たちが怯んだのは一瞬で、三対一では簡単に抑え込まれてしまった。高められた体は快楽に屈しようとしているが、ここで流されてしまったら、今までの人生で抗ってきた努力が無駄になってしまう。
一人に両手を拘束され、恐らくこの三人の中ではリーダー格らしい男に膝を掴まれ強制的に脚を開かされた。もう一人の男は祐太の服を脱がしている。羞恥と嫌悪に混じる悦が確かに自分の中にあることに泣きそうになった。
脱がされたズボンと下着が片足に引っ掛かり、膝下でわだかまる。無遠慮に伸ばされた手は祐太の性器を躊躇なく掴み、乱暴に扱きあげた。
「ああ! あ、はあっ、ん、あぁああ――っ」
じりじりと快楽を与えられ続けた体はいとも簡単に絶頂し、祐太は白濁を噴き上げる。それでも止まない刺激に声をあげることしかできない。日が傾きかけ薄暗いとはいえここが外であるということも、いつ人が通ってもおかしくないということも、頭の中から零れ落ちていく。
(もう、だめだ……っ! 今まで、ここまで触られたことなんて、なかったのに)
好き放題に体を翻弄する男たちの手は祐太の尻にまで伸びた。祐太の意思に反して、体はそこへの刺激を望み悦びに打ち震える。刺激され続けていた性器は濡れそぼち、祐太の後孔まで濡らしていた。
しかし、いとも簡単に男の太い指の侵入を許したのはそのぬめりだけではない。祐太のそこは男を受け入れることを確かに望んでいた。
「い、あぁっ! やだ、だめ……っ、そこ、ひああ……っ!」
ずぬり、と入り込んだ指を嬉しそうに咥え込む自分が信じられない。それでも確かに感じる法悦に、祐太の心はバラバラになりそうだった。
(あ――、このまま、こいつらのちんこをねじ込まれたら、どうなるんだろう)
さざ波のように絶えず押し寄せる快楽に身を委ねようか、と思ったそのとき、祐太の全身を愛撫する手が全て離れた。男たちの唾液や自身の体液で濡れた体が外気に触れひやりと冷やされる。それも束の間、祐太の体はまた燃えるような疼きを訴え始めた。
いよいよ耐え難くなった疼きを必死に押し殺し、瞳には涙が浮かぶ。熱に浮かされたように意識が朦朧として、視界が滲んで歪み、もう自分がどうなっているのかすらわからなかった。
遠くで声がする。低くて、優しい声だ。祐太を取り囲んでいた男たちが走り去ったのであろう、複数の足音が遠ざかる。熱気から解放された祐太に声の主が近付き、乱された肌に触れた。
「おい、大丈夫か」
「っひあ!? ア、ア、んっ……! あぁ、ああぁああああ――――、~~~っ!」
少しかさついた大きな手のひらが肩をそっと掴んだ瞬間、祐太は絶頂した。自分の体が自分のものではないように、抑えが利かない。目の前の男に触れられているだけで、続けて達しそうだった。
「はあっ、ぁ……、はなし、て」
「離せと言われても、その、お前すごいことになってるぞ」
「ンううっ……! うるさ、さわるな、っああ!」
案じるような手がそっと祐太の上体を起こす。それだけでも感じてしまう体が恨めしい。辛くて泣きながら男を見ると、見覚えがあった。黒い短髪は整えられ、凛々しい眉とすっと通った鼻梁、静かな色を湛えた青みがかった瞳は切れ長で、同性から見ても男らしい。
そうだ、同じ学科の高橋涼太郎だ。頭では彼を認識しているのに、体は相変わらず言うことを聞かない。抑えきれない疼きから解放されたくて、祐太は彼を押し倒した。
しかし、それは涼太郎を掴んだまま倒れ込むような動きになってしまい、朦朧としてふらついた祐太を支えるようにして二人は地面に転がることになる。祐太にとっては、そんなことどうでもよかった。今はただ、この男が欲しい。
「おい、自分がどうなっているか、わかっているのか」
「わかって、る……。はあ、ん、ふう……、――おまえ、たまらないんだ……ごめん、ちょっとだけ、そのまま」
涼太郎のズボンのベルトに手をかけるが、早く早くと急いてしまって指先が震え、うまく動かない。なんとか前を寛げると、躊躇なく性器を取り出した。
その大きさに思わず吐息が漏れる。そっと握って刺激すれば反応してより大きく硬度を増すそれにほっとした。ちらりと涼太郎を見下ろすと、微かに眉根を寄せて祐太が与える刺激に耐えているようだ。その表情がひどくいやらしいものに思えて、祐太の体はまた大きく疼いた。
もう我慢できない。むしろ、今まで我慢できたのが奇跡だと思えるほど、祐太は自身の奥から湧く快楽に頭を埋め尽くされていた。
涼太郎の脚に跨っていた腰を浮かせ、彼の腹に手をついて前方にずれた。そのまま少し腰を落とし後ろに突き出すようにすると、後ろ手に涼太郎の熱い性器を握る。後孔にその切っ先をあてがい、ぐっと押し付けた。
「ああ……っ、ごめ、ごめんっ、うあ、がまんできな……ああんっ、ふう……っ」
「く、……!」
あまり抵抗なく涼太郎を受け入れられたことに安堵すると共に、熱く硬いそれで内壁を擦り上げられる法悦に喘ぐ。頭の片隅では同級生にこんなことをするなんて、と思っているはずなのに、どこか人ごとのようでもあった。
自重も手伝い奥の奥までめいっぱい全てを収めると、尻に涼太郎の肌が触れる。そのぬくもりさえ気持ちいい。涼太郎の瞳にも情欲がうっすらと見て取れて、なぜかそれを嬉しいと思った。腰を動かし始めると、彼が浮かべる欲が強まる。もっとその顔が見たい。
「あっ、あ、ああっ、んん、ああぁあっ」
「は、すごいな……っ、もって、いかれそう、だな」
「やだぁ、うごかな、で……! ああ! んうううっ……!」
「泣くな。――お前、その瞳は」
「ああ! ひっ、あ、くぅう……っ、」
おとなしくされるがままだった涼太郎が下から突き上げてくる。揺さぶられて一番深いところにぶちあてられるとたまらなかった。すすり泣くように喘ぐ祐太の顔に手を伸ばしてくる。涼太郎が上体を起こしたことで剛直の角度が変わり、それにまた嬌声を上げた。
「ふ、あぁっ……、も、だしてっ、ア、んっ、ああぁ……っ!」
「っ、はあ、くそっ……!」
つい先ほどまで騎乗位であったのに、気付けば対面座位で激しく責められている。腰を掴まれ大きく揺さぶられ、それでも祐太に負担をかけるような無茶な動きはしない優しさに気付いてまた涙が零れた。
涼太郎の剛直がびくびくと脈打ち、もうすぐ射精するのだと伝えてくる。はやくそれが欲しい、中に出してほしいと、ぎゅうっと中を締め付けた。
内壁の更に奥へ誘い込むような蠕動は涼太郎にも快感として伝わったらしい。ぐっと奥歯を噛みしめ何かに耐えるようにしている。
(がまん、しなくていいのに――)
完全に理性をかなぐり捨ててしまった祐太とは違い、涼太郎はすんでのところで踏みとどまっているようだ。襲われた身でありながら祐太を気遣うこの男が、なんだかひどく愛おしい存在に思えた。胸がざわついて、ぎゅうっと絞られる。甘やかな切なさに連動するように、涼太郎の剛直をきつく食い締めた。
「ぐう、悪い、出る……ッ」
「ああ……あ、ふあぁあっ、――おく、すご、あっ、あ……ああああっ――――!」
腹の奥に熱い飛沫が叩きつけられるのを感じながら、祐太も前から白蜜を噴き上げた。残滓まで吐き出そうとするゆるやかな律動にも感じてしまい、しかし度重なる法悦に弛緩した体は涼太郎の胸に身を預けたまま動けずにいる。
脱力した祐太を労わるように、涼太郎はゆっくり自身の性器を引き抜いた。それにすらひくりと感じてしまい唇が震える。
はた、と祐太は気付いた。涼太郎が吐き出した精液がすうっと馴染んでいくのを感じたのだ。それと同時に、祐太をずっと苛んでいたあの疼きが消えていく。涼太郎が触れるところも、あんなに取り乱すほどの快感を生んでいなかった。
土埃にまみれたままの涼太郎は、呆然とする祐太を膝の上に乗せたままじっとしている。ぽかんとした顔をどうとったのか、背中を優しくとんとんと叩いてくれた。そのおかげもあってか、祐太はすぐに落ち着きを取り戻す。自分のしでかしたことに気付いて、叫ぶように謝罪した。
「ごめん! 本当に、申し訳ない……こんな、むりやり……」
「いや、驚きはしたが、大丈夫だ」
「大丈夫って……あの、俺にできることなんて限られてるけど、お詫びは必ずするから。警察に突き出すなら、それでもいいから、だから」
「いいから。お前の体は、もう大丈夫なのか」
膝の上から退こうとして失敗し転がるが、それでも必死に謝罪を繰り返す祐太を、涼太郎は優しい瞳に映している。いつも無表情で何を考えているかわからない同級生の変化に、祐太は居心地の悪さを覚えた。
怒ってくれた方がいい。こんなふうに大丈夫だと、むしろ案じるような視線を送られると、どうすればいいのかわからなくなってしまう。
「中に出してしまったから、その、処理をしないとまずいだろう」
「え? ……っ、あれは、いいんだ。それこそ、大丈夫というか」
「それに、お前がくっつけていた奴はどうした」
「は? くっつけ、て……視えてたのか……!?」
次から次へと繰り返される爆弾発言に、祐太は何から言葉にすればいいのか悩んだ。事を荒立てるつもりはないという涼太郎に甘え、憑いていたものの話題を続けることにした。
「大学の旧体育館の更衣室。そこで憑かれて、大学を飛び出して神社を目指してたんだ。俺、視えるからか憑かれやすいみたいで……その、霊障が、いつもああなんだよ」
「それは、大変だな。大学は負の感情がかえりやすい。その体質では、生きづらいだろう」
「まあ、そのへんは慣れた。ここまでになったのは、今回が初めてだけど……その、処理はたぶん、必要ない」
言うべきか、言わざるべきか、一瞬躊躇ったのち、祐太は再び口を開いた。
「お前に出されたとき、除霊ができたと思う。そのときに、なんていうか、吸収された感じだった」
「それで、きれいさっぱり消えていたのか」
「気持ち悪いだろ……大学では、なるべく近寄らないようにするから」
「どうして?」
自分の言葉なのに、自分でも信じられない。ましてや当事者の涼太郎からしたら気持ちのいい話ではないだろうと距離を取ると、彼は一瞬、少し傷ついた顔をした。
「うん、そうか……。倉橋、お詫びをしてくれるんだったな」
「それは、もちろん」
「なら、次にまたそうなったら、俺を頼ってほしい」
「はあ!? な、なんでだよ、また襲うかもしれないのに」
「それでいい。だから、俺を頼ってほしい」
有無を言わせぬ強い口調に、祐太は頷くしかなかった。
裸同然の格好をしていた祐太は慌てて衣服を整え、ふと気になって涼太郎の肩に触れてみる。助けてくれた彼に初めて触れられたときの突き抜けるような快感が何だったのか気になったのだ。
ところが、触れても何も起こらない。多少はちりちり、ぴりぴりと焼けるような、あるいは痺れるような感覚はあるものの、あのとき明確な性感として祐太の中に生じたものとは全く別のものだった。
「まだふらつくか?」
「あ、ごめん、違うんだ。それより、服も汚して悪かった……俺の家、わりと近いんだ。洗濯と風呂くらいなら力になれると思う」
「倉橋こそぐちゃぐちゃだ。俺の家も幸いすぐ近くだから、むしろ寄っていくか?」
「ぐちゃぐちゃって言うなよ……。いや、大丈夫。だけど、その、大通りまで一緒に歩いてもらえると、助かる」
「そのつもりだ。大丈夫だろうけど、今の倉橋は悪霊だけじゃなくて悪い人間まで寄せ付けそうだ」
俺を頼ってほしいという言葉に嘘はないらしく、祐太の不安を和らげるように優しく笑って、大きな通りに出るまで隣にいてくれた。不愛想だとばかり思っていた涼太郎の優しい瞳に胸が高鳴ったことには気付かないふりをして、また明日と手を振った。
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