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そして10分後…
「待たせたね」
「きっかり10分。時間にはなかなか厳しい性格みたいだな」
「僕はこう見えても気遣いを重視するほうでね。待たせるのも待つのも好きじゃないんだ」
光聖は握っていたマシンを見せる。10分で仕上げたとは思えない出来栄えのアバンテの姿は異様に猛々しい。
パーツの構成は小さめのベアリングローラーがフロントに、リヤにはそれより1サイズ大きなベアリングローラーを4つ装備していた。サイドのバンパーはカットされていた。剛からは知らないパーツだらけではあるが、少なくとも本格的なマシンなのはわかった。
「だから、このマシンで勝負をつける」
「…それってどういう意味だよ」
そして、何となく光聖の意図も。
「分かりやすく言い直そう。このマシンで君に勝つには充分だ、という事さ」
彼はこのアバンテでマックスTRFに勝つつもりなのだ。
「おもしれぇじゃねぇか。後で吠え面かくなよ!」
「それじゃ早速はじめよう」
ふたりがコースに向かうと、10分の間に20人以上の観客が詰め寄っていた。
「本当に輪島光聖だ!」
「あの輪島光聖のレースが見られるぞ!」
「でも輪島光聖ってベルクカイザー使いじゃなかった?」
どうやら彼らは光聖が来たという噂を聞いてやって来たらしい。それほど彼は有名なのだ。
そして同時に、彼の愛機も有名で、言うなれば彼が今手加減しようとしているのもわかっているらしい。
「相手が初心者らしいからハンデなんじゃない?」
「でも彼も初心者なのに例のミニ四駆狩りのヤツを倒したって話だぜ?」
レーサー達はまるで大会の決勝でも見ているかのように盛り上がっていた。これにはさすがの剛もタジタジだが、光聖はまったく気にとめていなかった。
「それじゃ、合図は私がしよう」
今回は轟が手を挙げ、構える。
「レディー…」
その手が…
「ゴーッ!!!」
振り下ろされた!
「よし、さっきの調子でいけ、マックス!」
調子よく飛び出したのはマックスTRF。一気にトップに躍り出たうえ、アバンテと差を広げていく。
「なんだあいつ、めちゃくちゃ遅いじゃねぇか。へっ、まぁシャーシが悪いって事にしといてやるよ」
勝利を確信した剛は鼻を鳴らし、マックスTRFの走りを見守った。
「苦手な連続コーナーもローラーの交換とグリスアップでさっきよりかは速いな」
ブラックセイバー戦よりも速くなっている。コーナー、というより全体的にスピードを上げるためにチューンナップしたのだ。
連続コーナーも若干ではあるが速くなっていた。
「!?何ッ」
ところが、それ以上にアバンテのコーナリングは速く、まるで切れ味が鋭いと表現すべきスピードを見せつけていたのだ。
「コーナーで一気に差を詰めやがった!」
「す、すごい!タイプ2シャーシとは思えないスピードだわ!」
流れで連続バンクに差し掛かるところだが、すでにアバンテはマックスTRFと並んでいる。
「あれが輪島光聖の完璧なセッティング技術だよ。確かにタイプ2シャーシはスーパーXシャーシよりかなり古いシャーシだ。だが彼の手にかかればあれだけのスピードを出せる」
轟の解説の通り、タイプ2シャーシとは思えない動きである。
「くっ!だが連続コーナーの次の連続バンク!こっちはウェイトをちょっとだけ加えてジャンプを減らしたんだ!」
「甘いね」
アバンテは連続バンクを難なく突破していく。低いジャンプに、的確な速度落とし。そしてスピードを乗せて再びバンクを駆ける。
「な、なんであいつのマシンはあんなにスムーズに走れるんだよ!?」
ついにマックスTRFはアバンテに抜かれてしまった。
「ミニ四駆レーサーには単純な技術も必要だが、コースに合わせて適切なパーツを見極める目と経験が必要なんだ。さらに、数多いパーツをバランス良く最適に組み合わせてマシンを組み上げるセンスも不可欠。輪島君はどれも持ち合わせた真の天才なのさ」
「す、すごいよ。彼はこのコースでマシンを走らせた事はないはずだ」
「剛とノブオのレースを一度見ただけでコースを見極めたって事?!」
最後のストレート!
だが、アバンテは更に加速していた。連続バンクにより加速の悪いマックスTRFではもはや追いつけない。
「す、ストレートも速い!なんでオレの勝負場面で追いつけねぇんだ…」
「残念だが、もう君に勝ち目はない」
2周目だ。相変わらずアバンテはバランスの良い走りで、むしろ1周目より速い。対するマックスTRFはストレートのおかげかかなり速くコーナーに向かう。
だが、その2周目の連続コーナー。そこでマックスTRFは突如コースアウトした。
「マックス!?」
通常ルールなら、コースアウトした時点でリタイア。剛の完敗であった。
「なんでだよ…!さっきはコースアウトしなかったはずだ」
「パーツ選定と構築が甘いという事さ」
光聖はアバンテを受け止め、まるで見下ろすかのような目を剛に向けた。
「君も確かに才能はある。そのうえ良いマシンを持ってもいる。だがこれが真のミニ四駆レーサーの実力。そして君と僕の圧倒的な差だ」
彼の言葉は剛に重くのしかかる。手加減した相手に負けた。明らかに性能が下のマシンに負けた。
その事実が剛の心にかつてない打撃を与えていたのだ。
「オレが負けた…!?オレのより性能がかなり低いはずのマシンに、手も足も出なかった…!」
光聖は一礼するとその場を去っていく。その後ろ姿は剛にはかなり大きく、そして遠く見えた。
「何をやっても負けねぇオレが…あんなひょろひょろの女男に…」
「剛、鼻っ柱叩きおられたわね」
跪き、マックスTRFを眺める剛。そんな彼に優仁子が呆れたような声をかけた。
「まったく、ミニ四駆をなめるからよ。これに懲りたら…」
だが!
「へ…へへ…!」
「た、剛?」
「どうかしちゃったのかな、ショックで…」
決して剛は折れてはいなかった。
むしろ逆である。
「(おもしれぇじゃねぇか…!オレより強いヤツか…!ミニ四駆…おもしれぇ!久しぶりにオレの血を熱くしてくれるぜ…!)」
これまでこれほど悔しい敗北を味わった事などなかった。そんな剛にとって、この敗北は起爆剤となったのである。
「待ってろよ輪島…!必ずオレが倒す!」
こうして、剛のレーサーとしての物語が始まったのだ。
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