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思い出が会いに来た。
先月、三十路を迎えた夜、ポストに同窓会の案内葉書が入っていた。
その日はやけに星が瞬く夜で、僕はその葉書を重く感じた。
中学の時の思い出なんてほぼない。いや、ないこともないのだが、記憶にある事柄はだいたいが、抽象的で断片的。なんのこともない。
けど、「いかない」に丸はまだしていない。
中学の母校へ配属になったのは去年のことだ。学校へと続く坂道では、15年前と変わらず、桜の花びらが舞っている。
本来であれば何人もの生徒が騒がしく上るこの坂も、卒業式を終え、春休み中の今はしんとしている。
当直の僕は大あくびをしながら、坂道を上る。
中学生の頃に比べたら、手足はぐんと伸びたが、やはりこの坂はだるい。
ふと、僕は顔をあげた。
坂の終わり。校門の前に一人の生徒が立っている。部活動の練習開始が一番早い野球部も、春休みは9時からのはずだから、誰かいるとは思ってなかった。
長く黒い髪に、低い背。真っ白な肌。ソフトボールぐらいしかない小さな顔。
彼女は一人、門の前で流れていく桜の花びらを眺めている。
―――あれ?前にもこの光景は見たことがある。
そうだ。15年前の朝、彼女をここで見たんだ。
そして、まさかと思った。
いや、そんなはずはない。そんなことがあるわけがない。
僕は自分の目を疑わずにはいられなかった。そんなことがあり得るとは思っていなかったからだ。
けど、もし、勘違いとかで、他人の空似とかでなければ、彼女がここにいてもおかしくない。近づくにつれ、徐々に思い出は鮮明になる。
僕はだるかった坂を一気に駆け上る。
上り坂の終わり、そこには、眩しいくらいの思い出がいた。
僕は乱れた息を整え、勇気をだして彼女に声をかける。
「沖野?」
もし、夢であるなら今、ここで覚めてほしかった。
けれど、少女は振り返る。
そこには僕がずっと会いたかった人がいた。
そう15年前と同じ姿で。
「おかえり、沖野。」
彼女は「ただいま。」と言った。
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