おかえり、沖野

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「ちょっと、待ってて。」  寒空のした、沖野を待たせるのは忍びないが、ここは耐えてもらうしかない。僕はなぜか玄関に脱ぎっぱなしの靴下を慌てて拾い上げる。中学校では、やれ片付けろ、やれ整理整頓だのと、生徒を急き立てているが、いざ家に帰るとこんなもんだ。 「沖野、ごめんな。もうちょっとだけ。 って、こらー!」  振り向くと、沖野は玄関の隙間からこっそり家の中を覗いていた。 「いや、ちょっと、待てって!」  沖野はニヤニヤしながら、こちらを見ている。 「もう! だから、ちょっと、待てって!」  扉でバカみたいにふざけるのが、僕は懐かしかった。  客間は僕んちの小さな家にはないから、リビングに沖野の布団を敷いた。 布団一つ出すのさえ、今まで親任せにしてきた僕は軽く汗をかき、どっと疲れていた。 そして、沖野とリビングで別れると、ベッドに倒れるように身を投げた。 「これからどうしよ。」  本当なら、彼女の親に連絡すべきだろう。 いくら同級生とは言え、もう15歳も歳が離れているし、男だし。子供のおふざけでは済まされない。  中村先生に尋ねたら、教えてくれるかもしれない。けれど、沖野は硬い決意を持って、親に会おうとしなかったのだから、勝手に連絡するのもしのびない。  しかも、彼女の口ぶりからすると、彼女の帰還はけして歓迎されるものではないようだ。  僕は考えてもみなかった。あれだけ優秀で、可愛くて、配慮ができる沖野が疎まれる場所があるなんて。 「なんか、バカみたいだ。」  何の才能もないのに、ヘラヘラと実家暮らしをしている自分の方がまだ15才な気がした。  その時、階段から何かを引きずる音がする。  ……布?  音は階段を登り切ると、今度は僕の部屋のドアがノックされた。 「どうぞ」  とドアの近くまで行くと、沖野がひょいと顔を覗かせた。 「どうかしたのか?」  僕がそう言って、ドアを大きく開けた瞬間に、沖野は布団を抱えて僕にタックルしてきた。 「わぁ!!」  僕は布団をもった沖野に押し倒され、ひっくり返る。 「おい、ちょっと、何?!」 「お願い!今日はここで寝かせて!」 「はぁ!?」  沖野は抱えていた布団を僕に押し付けると、テキパキと僕の部屋を片付け始めた。  床に落ちていたものが、次々と部屋の隅に追いやられていく。 「いや、ちょっと待てって!」 「またない!」  僕が頭を掻きむしっている間に、あれよあれよという間に、布団がおけるスペースが作られ、寸分の狂いなくきちんと、布団が敷かれてしまった。  沖野はその上に大の字で寝転がる。 「お願い!ここで寝かせて!」 「いや、だから、なんで⁈」  沖野は低い天井を見ながら言った。 「宇宙船は本当に狭かったから、あんな広い部屋じゃ落ち着かないのよ。 それにずっとルームシェアしてたから、誰かの寝息がないと、不安で眠れそうにないわ。」 「普通は逆じゃないのか?」 けれど、天井を見上げる沖野の目は真剣そのもので、むしろ僕ではない誰かを見ながら言っているような気もする。
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