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その夜、私は祖父の日記の中で1番古い日付けのノートを持ってベッドに入った。
そこには、祖父の日常が綴られていた。
仕事のこと、友人のこと、そして、おばあちゃんではない好きな人のこと。
山岸 澄子さん……「澄」って私と同じ字だ。
すみこさんって読むのかな?
私の名前、おじいちゃんが澄っていう字を入れたいって言ったらしいけど、この人のことを思ってなのかな?
出会った時のこと、初めてのデート、そこには若い頃の恋するおじいちゃんがいた。
会ってみたいなぁ。
おじいちゃんがここまで好きだった人。
けれど、おじいちゃんの恋は、ある日突然、終わりを迎えた。
その人は、親の決めた相手と結婚するため、おじいちゃんとは会えないと告げた。
昔だし、そういう時代だったのかな。
でも、好きな人と結婚できないなんて……
日記からは、おじいちゃんの葛藤がひしひしと伝わってきた。
駆け落ちしてでも一緒になりたい気持ちと、彼女の幸せのために身を引く気持ちと。
澄子さんは、どう思ってたんだろう。
別れを告げながら、実はおじいちゃんを待ってたりしなかったのかな?
私なら、全てを捨ててついて来て欲しいって言って欲しいなぁ。
まぁ、私の好きな人は、私の存在すら知らないだろうから、そんなことは絶対にないけどね。
その一冊を読み終えると、最後のページに、歳月を経て黄ばんだ白無地の和封筒がセロテープで貼り付けてあった。
表書きには、冨樫澄子さんの名前と住所が記され、私が見たことのない10円切手が貼られていた。
でも、消印はない。
これ、おじいちゃんが出そうとして出せなかった手紙?
黄ばんだセロテープは乾燥して、少し触っただけでその手紙は外れてしまった。
読んでいいのかな?
でも、セロテープはすぐに外れたけれど、封筒の糊付けは半世紀以上を経過した今も、しっかりと貼り付いたままだ。
これ、私じゃなくて、澄子さんに読んで欲しい。
今さらかもしれないけど、おじいちゃんの思いを届けたい。
おじいちゃんがおばあちゃんを思ってなかったわけじゃない。
お母さんやおじさんが生まれて、幸せに暮らしてたのは、きっとおばあちゃんを大切に思ってたから。
でも、私が生まれる前、おばあちゃんを早くに亡くして1人になったおじいちゃんが、この人のことを思い出さなかったわけがない。
じゃなきゃ、私の名前にこの人の字を使いたいなんて言うわけがない。
うん!
この手紙、届けに行こう!
読むかどうかは、澄子さんが決めればいい。
私は、翌週末、その手紙を届けようと心に決めた。
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