第十二章 3月25日、午前2時、勝巳漁港。

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「稲垣さんの誘いを断るなんて、すかした奴ですぜ」 「痛い目に遭わせて、思い知らせてやりませんか?」  まあ、そう言うな、と稲垣はそれらの言葉を手で払った。 「まだ若いのに、肝の据わった奴だと思ってる。案外、大化けするかもしれねえぞ」  ざわつく若衆たちを黙らせ、稲垣は息のかかったクラブへ入った。  美容整形と厚化粧で作られたスタッフたちに囲まれ、組員たちは上機嫌だ。  稲垣は、高価なシャンパンの注がれたグラスを傾けながら、駿佑のことを考えていた。 (飛沢。あの妙な落ち着きは、修羅場をくぐってきた人間が持つ貫禄だ)  履歴は白く、背景もないというが、果たして……。 「稲垣さん、カラオケ入れました!」 「十八番、お願いします!」 「あ? ああ、よし歌うか!」  若衆はすでに駿佑のことなど忘れていたし、稲垣も歌など歌っているうちに頭の中から消してしまった。  ただ、駿佑はその間にも、掃除の準備を着々と進めていた。
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