第十二章 3月25日、午前2時、勝巳漁港。

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 歓楽街の中心から、やや離れた料亭。  喧騒から一歩下がった落ち着きが、そこにはあった。  その料亭の一室で、駿佑は一人の男と会っていた。  私服だが、眼光の鋭いこの男は、ここ一帯を取り締まる警部だった。  交わす言葉は無く、ただ静かに二人は料理を食べる。  酒ではなく、茶を飲む。  そして時々、ペンを走らせた。 『3月25日』  駿佑がそう書くと警部はうなずき、その紙片を料理と一緒に食べてしまった。 『午前2時』  警部は、これもうなずき、食べた。 『勝巳(かつみ)漁港』  警部は初めて眉をひそめて顔を上げ、駿佑を見た。 「あんな田舎で?」 「湾が深い漁港です。割と大型船も入れます」 「解った」  警部は、同じように駿佑の書いた紙片を食べてしまった。 「ご苦労だったな。後は、俺に任せてくれ」  情報はすべて頭の中に記憶し、警部は席を立った。  声に出さない、紙片を残さないことは、秘密裏に事を運ぶためだ。  誰に聞かせてもいけない。  誰に見られてもいけない。  そして、誰に知られてもいけない。  警部はそのまま、一人で料亭を出ていった。
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