第十二章 3月25日、午前2時、勝巳漁港。

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「腹這いになり、手足を広げろ。繰り返す。腹這いになり、手足を広げろ!」  ワイヤレスマイクから響く大声に、稲垣たちは驚き、周囲を見回した。  まぶしいサーチライトの逆光で見づらいが、そこら中に自分らを一網打尽にしている機動隊、警官が構えている。  海には海上保安官の巡視艇が出動しており、密輸に関わった人間たちは、誰一人として逃げられない状況に置かれてしまった。 「しまった!」 「どこから情報が漏れたんだ!?」  これだけの配備を敷くには、事前に密告があったと考えることが、容易い。  歯噛みしていた稲垣は、サーチライトの方角にいる男と、アイコンタクトを取っている駿佑の姿を見た。 「飛沢、貴様か!」  稲垣の怒声と共に、ぱん、と乾いた音を駿佑は聞いた。  そして、ほぼ同時に、腹に衝撃が走った。 (しくじった!)  稲垣の撃った弾丸は、駿佑の背中から腹部を貫通していた。  最後の最後で、気が緩んだ。  大人しく、このまま逮捕されるつもりでいた、駿佑だ。  そしてその後、警部の指示により、すぐに釈放される手筈になっていた。  銃声に反応したのは、駿佑だけではない。  警部が、すぐに拳銃を抜き、稲垣を狙い撃った。 「うぐッ……!」  一声だけ発し、稲垣はその場にうずくまり動かなくなった。 「飛沢!」  警部が駆け寄ると、駿佑は手で腹を押さえ膝を折っていた。  血が、出る。  どんどん出て来る。  だが、駿佑は微笑んだ。 (清掃、完了……)  なぜか聖の笑顔が、その脳裏に浮かんで消えた。
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