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『 、お願い! 私の娘を、空梨を守って!』
「…………っ!」
光志はぐっと拳を握りしめる。失くした記憶の中、誰かと交わした約束を、自分は果たせなかった。
北米大陸が陥落した今、敵軍は西へとその矛先を向けることが予想されている。
せめて、戦わなくては。償わなくては。仇を討たなくては。
宿舎に警報が鳴る。
『千葉県東部、九十九里浜・一松海岸で甲域各大。悪魔の出現を確認。第一、第ニ大隊、出撃準備』
想定よりも早い敵の襲来に、兵士たちはざわめき立ちながらも幻霊装騎=【サムライ】の実現モジュールを装備し、部屋を飛び出していく。
「光志」
涼吾が光志の肩を叩く。
「……仇を討つぞ!」
「――うん!」
今は堪えるんだ。沈んでいる暇はない。僕は空梨の分まで戦う。
ただ奪われるだけなら、希望もなにも無いなら、せめて最後まで抗ってやる。
†
有明基地の東に広がる灰の如き黒雲が、不安を染み渡らせるかのように近づいていた。
真上を覆う乳白色の曇り空が徐々に西へと押しやられる中、元は広大な駐車場だった東エプロンでエンジン音を轟かせるティルトローター機の側に、光志たちは駆け足で集合した。
数十名の兵員を輸送可能なその大型機体を前に、全員がヘルメットのように丸みのあるHMDを装着し、黒い戦闘服の上からベストに似た形状の実現モジュールを身に着けている。このモジュールこそが、幻霊装騎の要たる実現装置だ。
「総員、整列! 点呼番号、始め!」
作戦会議で中隊長を任された涼吾が声を張り上げ、光志たちは一列十名の五列横隊を組んで点呼を行う。
【開戦の日】以来の大規模戦闘を前に、ある者は身震いし、ある者は青ざめ、各々が遠い存在たる神に祈る。
「各自、幻霊装騎起動!」
涼吾の合図で、光志たちは一斉に実現装置の電源を入れる。すると、実現モジュールの至るところを淡い光が迸った。
「主電源オン。緊急出動状態。起動シークエンスを一部省略。実現スタート。振動数上昇開始!」
号令で全員が動くのに合わせ、光志は騎体を実現。
出力霊体が思念粒子の供給を始めたことで実現装置が本格稼働し、微振動を開始。すると、光志の鼓動が早まり、身体の周囲の空間が揺らぎ始めた。次いで、モジュールから靄掛かった透明な物質が噴き出し、光志の身体を包み込んで一体化する。
「MAP、トゥーゼロで安定。ショックスタンバイ、ナウ!」
HMDに表示される各計器の数値を元に、光志がシークエンスを表白。すると心の臓が一際強く脈打つ衝撃が走り、身体と一体化していた透明な靄が捲れ上がるように消滅。金属の鎧が姿を現した。
「法則密度、五・五。MAP、スリーゼロで安定」
これが幻霊装騎=【サムライ】の実現。即ち起動した状態である。
人間の法則密度は六・〇。光志は今、そこから幻霊装騎=【サムライ】を起動したことによって半霊体化し、一段階上の法則密度=五・五の存在へと格上げされている。
法則密度は、世界の理を縛る法則の量や度合いといった意味を持つ。この密度が減れば減るほどに物理法則の縛りから解放され、より超常的で強力な権能を使った事象を引き起こすことができる。つまりは、神と同等の存在へ近づいていく。
【サムライ】の金属装甲も、法則密度の下降と共に発動した権能の一部である。
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