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十月四日。日本標準時、午前八時三分。千葉県九十九里沖百キロ。
原子力空母を始め、ミサイル巡洋艦、ミサイル駆逐艦、潜水艦、揚陸艦からなる米国海軍第七艦隊は、合衆国本土からの脱出船団二十七隻を先導し、横須賀基地を目指していた。
アメリカ本土が上位悪魔ラハブ率いる軍勢に侵略される中、幸か不幸か、戦力温存の指令を受け、全艦とそのクルーが断腸の思いでハワイに留まっていた。結果として、米国で無傷且つ最後の艦隊として護衛任務を行うに至っている。
艦隊を率いるのは旗艦=ブルーリッジである。その艦橋に今、緊急事態を知らせる警報が鳴り響いていた。
『正方位二百八十度、約百キロ地点の甲域が拡大。九十九里浜で戦闘が行われている模様です』
作戦統合システムC4INSTARが、柔らかくも芯のある少女の声を全艦に共有した。
ブルーリッジの戦闘指揮所にて、艦長は厳粛に黙したまま、先頭を進む原子力空母=ロナルド・レーガンの甲板を見つめる。
そこに、白い巨体の姿があった。白銀を基調とした、滑らかに引き締められたボディラインは、どこか女性的な印象を備えている。進行方向を向いて悠然と立つその姿は勇ましさと美しさを孕むが、上位悪魔ラハブの巨体に痛めつけられ、至るところが小破し、左肩から先が失われた見るも無残な状態である。
しかし、まだその闘志は消えないとでも言うかの如く、流麗ながらもシャープに突き出したアーメットヘルムから、赤く淡い光が眼光のように漏れていた。
北米支部第七騎兵連隊最後の一騎=【ホワイトイーヴィル】である。
「――アダムは推奨していないのだろう? 本当に行かせるのか? 不入斗博士」
精神的な老いからか、その褐色の顔に実年齢よりも深く皺が刻まれた艦長が、グレーのシャツに白衣を羽織った長身の女性に視線を投げかけた。
「本人がどうしてもと聞かなくてね。彼女、仲間の危機となるといつも以上にスイッチが入っちゃうみたいなんだよ」
艦長に対し、常識はずれのフランクな口調で、不入斗が答えた。もし彼女が軍人であれば、今頃ただでは済んでいない態度である。あるいは、彼女の肌は生まれてこの方日光を浴びていないかのように青白く生気を感じさせないため、叩けばすぐにくたばると陰口を言われる始末である故にただで済んでいるだけかもしれない。
「それに、北から中央、そして東南アジア諸国が陥落して、アメリカもやられて、今度は日本。まるで包囲網じゃないか。日本は彼女の母国であり私の母国だ。守りたい気持ちは一緒さ」
「……身体の方は大丈夫なのか?」
「うん。一時は意識が無くて危なかったけど、すごい回復力だよ。とても丈夫な子だ。華奢そうに見えてかなり鍛え込んでいるしね。問題は修復途中の騎体の方がどこまで持つかだ。幻霊装騎の開発主任である私が思うに、五分が限度かな」
「やはり洋上のような、思念粒子が少ない場所での修復は、長い時間を要するということか?」
「それもあるかもしれないけど、ラハブからのダメージがよほど大きいんだと思う。あとは宗教圏の違いによる、思念粒子の質の変化も考えられる。【ホワイトイーヴィル】の出力霊体を担う天使サリエルは西洋圏での認知度は高いけど、アジア圏では低い。
だから、皆の思念粒子から受けられる恩恵が少ないのかもしれない。サリエル自身、頑張ってくれてはいるんだけどね。更なる上位界へ覚醒でもすれば、失った左腕を再生させることも可能だろうけど、その方法はまだ解明されていない……」
「……日本側の即応戦力は第三騎兵連隊のみとのことだ。筒香大佐の騎体が倒れれば最後。少しでも勝率が上がるのであれば、止むを得んか……」
「万が一のときは、こっちから遠隔操作であの子を脱出させるから、ここは任せてもらえるかな? 艦長」
「……わかった。出撃を許可する。パイロットに神の加護があらんことを」
と、艦長は十字を切り、帽子のつばで目元を隠した。
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