序章

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  †  二人が宿舎の屋上から一階に降りると、同じ十代後半の若き兵士たちが待ち構えていた。  皆がタイミングを合わせてクラッカーを鳴らし、通路の両サイドから紙吹雪をばら撒いた故か、全員が着用するカーキ色の常装まで華やいで見える。 「お二人さん、愛の契りは済んだか?」 「残念! 光志のやつはフィアンセ落第で残留だとさ!」 「やめてくれ! 誤解だってば!」  光志は仲間にヘッドロックを極められてもがき苦しむ。 「どうだかな? こんな美人と二人きりだなんて羨ましいったらないぜ! 幼馴染の特権か⁉」 「空梨! 新型(、、)に乗ったら、私たちの分も奴らにぶちかましてやって!」 「――うん。頑張る」  空梨が顔を真っ赤にして通過する中、一つ屋根の下で一年の訓練期間を乗り越えた仲間たちが、(こぞ)って別れの声を張り上げる。  暗黒の時代に希望の光の如く(きざ)した彼女への、報いにも似た誇らしさと寂しさをその瞳に湛えて。  正面玄関から外へ出ると、第九期生のリーダーを務める日笠涼吾(ひかさりょうご)が立っていた。 「空梨、準備はいいか?」  実直さと勇ましさの共栄する二枚目顔を空梨に向け、涼吾は言った。 「いいよ。未来の連隊長さん」  重量感のあるバックパックを軽々と肩に掛け、空梨が答えた。 「稲葉空梨。俺たちは本日四月一〇日、君の【トップガン】移籍並びに、新鋭搭乗型幻霊装騎(BPF)【ホワイトイーヴィル】のパイロットに選出されたことを心より祝福し、クソッタレども(、、、、、、、)に雪辱を果たすことを願っている。(ゆめ)忘れるな。例え陸地が離れても、俺たちは家族だ」  涼吾が同期全員の寄せ書きで埋められた色紙を空梨に手渡す。 「ありがとう。心の支えにします。東アジア支部第九期生に、神の加護あれ!」  色紙に目を潤ませた空梨が十字を切り、仲間たちに祈った。  そして最後に、空梨は光志を見た。首の辺りで切り揃えられた彼女の髪が微かに揺れる。  光志は空梨に、鼓舞の念を込めて頷いた。 「――行ってきます!」  空梨は凛とした表情で敬礼し、肌寒さを残す春風の中、光志たちの下を発った。    † 《連合政府通知文書・第四百八十号・戦役歴十年、十月十日発行》 ・北アジア並びに中央アジア諸国の陥落を確認。敵の規模は不明。周辺に展開する防衛軍は難民の保護を最優先。 ・上位悪魔ラハブ率いる軍勢が米国に出現。新鋭騎【ホワイトイーヴィル】を含む統合防衛軍北米支部第七騎兵連隊との戦闘が激化。 ・上位悪魔ベリアルによる中国全土の【呪詛(アナセマ)】汚染を確認。同国第十八騎兵連隊は怒放(ヌーファン)隊を残して壊滅。
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