第266話 見込み違い

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第266話 見込み違い

「どこだぁ? 抜け道ってのはよぉ……」  王政広間正面に設けられた「ひな壇」に上り、総出で壁や床を確認して回る。スレヤーのウンザリした声を聞き、篤樹は一旦ひな壇から下りてもう一度正面の壁と床の全体を見回した。  多分……制限魔法とかで隠されてるんだろうなぁ……「王政広間の玉座に抜け道が在る」ってミラさんは聞いたらしいけど……玉座って「王様の椅子」だよなぁ……  篤樹はひな壇に据えられている、一番立派な椅子に近づいた。誰もがまず初めに確認した場所だ。重厚な造りで見た目通りにかなり重たいその椅子を、スレヤーが浮かし動かし、椅子が置いてあった床まで調べた。同じ床を何度調べても同じ事と思いつつも、篤樹はもう一度「王様の椅子」に近付き屈むと、床の上に手を置き調べる。  やっぱり何も無いなぁ……どんな制限魔法がかかってるんだ? ああ……こういうのってマジで苦手ぇ……  行き詰まりに溜息を洩らす。 『RPGはストーリーも楽しめるから、篤樹ならやればハマると思うけどなぁ』  不意に卓也との会話を思い出す。  ロールプレイングゲームかぁ……。なんか卓也がやってたよなぁ……「イベント」発生の条件とか……。何かの条件を満たしたら、一度調べて何も無かった場所に、次へのヒントが現れるとか……  ふと、支えに手を置いていた玉座の背もたれに目が行く。  あれ?……裏面の色が違う……  薄明りの中でも、背もたれの表と裏の木目に見る「色の違い」に篤樹は気付いた。  宴の準備……特別に用意された「ひな壇」……あっ! 「スレヤーさん!」  篤樹は思いついた仮説に興奮し、声を上げる。 「シーッ!」  数名が即座にそれぞれの場所で人差し指を唇に当て、篤樹に注意を促す。慌てて篤樹も自分の口に手を当てた。 「どしたよ? アッキー」  笑いながらスレヤーが近寄って来る。引き寄せられるように、他の面々も集まって来た。 「施錠されてるとはいえ、声が洩れるとさすがに踏み込まれるぞ……」  ガイアも注意の言葉と共に寄って来る。 「すみません……あの……」  篤樹は謝罪の言葉を述べ、続けて説明に移った。 「抜け道は玉座にあるって……ミラさんが聞いたそうですけど……」  視線をミラに向け語り始めると、ミラは同意しうなずく。 「この椅子……玉座……ですか……これって、ずっとこの場所に置かれていたワケじゃないですよね? ほら、背もたれの色が表と裏で違うし……」  少し早口で説明を進める途中で、篤樹の言わんとする内容を皆が理解した。 「そうよ!……玉座はいつも正面の壁に背をつけて置かれてるわ」 「いや、でもその壁は調べましたよ?」  ミラの言葉にバズが応える。 「玉座が定位置じゃないと発動しない制限魔法……ってことか?」  スレヤーが篤樹の肩に手を置き、確認した。 「分かりません……でも! なんかそういうのって……あるのかもって……」  急速に自信を失いながらも、篤樹は持論を伝え終り皆の反応を見る。 「よしっ!……とりあえず、可能性は全部試してみよっか!」  篤樹の肩に載せた手をグッと引き、スレヤーは立ち位置を交代した。そのまま、玉座正面で姿勢を屈め、手すり部分を左右の手で握り押し始める。 「くっ……そ……、重てぇ……、椅子だ……なぁっと!」  ガイアとバズも背もたれ部を引くように加勢し、スレヤーの声に合わせ玉座をずらして行く。 「よい……せっ……と!」  王政室正面奥の壁中央……本来の玉座定位置にスレヤー達は玉座を据えた。他の者たちはその様子を見守っている。 「さて……」  玉座を動かした3人は、まず手始めに周囲の壁や床に手を触れながら、違和感のある場所が無いかを探し始めた。すぐに他の者達も壁際に移動し、広がって調査を始める。 「宝物庫みてぇにはいか無ぇかぁ……」  地下の宝物庫の壁の仕込みのように、何かの反応が起こる事を期待していたスレヤーは溜息のように呟く。実は篤樹も同じ期待をしていた。玉座を据えた拍子に、壁のどこかが開くのではないかと……だが、変化は何も起こらない。期待通りの結果が生じず、自分の提案でスレヤー達に無駄な労力をかけさせてしまった罪悪感が心に芽生える。 「何か……違ったみたいですね……。すみません……」 「気にすんなって!……さて……」  つい謝罪モードになった篤樹にスレヤーは笑みで応じ、改めて周辺を調べ始めた。 「スレヤー伍長。その通風孔はどうだ?」  ガイアがスレヤーに声をかけ、壁の端上部に設けられている穴を指さす。スレヤーの身長なら、腕を伸ばせばギリギリ指がかかりそうな高さだ。 「あんなとこ、オレの身長じゃ届かねぇよ……」  篤樹の近くの壁を調べていたアイリがポツリと感想を述べる。篤樹はアイリに目を向け、視線を動かしスレヤーに向けた。長身のスレヤーが爪先立って通風孔を探っている。  秘密の抜け道……非常時に使う緊急用の脱出口……モタモタしてたら意味が無いよなぁ……。あの高さなら足台が要るだろうし……足台……あっ! 「アイリ!」  スレヤーからアイリに視線を戻す途中、篤樹の視界に玉座が入った。 「な、なんだよ……」 「こっちに来て!」  篤樹はアイリの手を引き、急いで玉座の前に移動する。気配を察知した皆も、それぞれの場から2人の動きに注目した。 「この椅子……玉座に乗って壁を調べて!」  言われるままに座面に立ち、アイリは背もたれ裏の壁を探る。 「もうひとつ上に!」  特異な発見が無い様子を見て、すぐに篤樹は次の指示を出す。 「もうひとつって……」 「背もたれの上に!」  重厚な造りの玉座は、背もたれ板にも厚みがある。アイリは指示されるままにその厚みに足をかけた。篤樹も座面に上がり、アイリの腰を支える。 「ちょ……っと……恐いかも……」  支えとなる篤樹の頭に置いていた右手を離し、アイリは壁側に向き直ると、両手で壁に触れようとした。 「あっ!」  アイリの手と顔が、壁に溶け込むように消えたのを見て、周りから驚きの声が洩れる。すぐにアイリは顔をこちら側へ戻した。 「び……びっくりしたぁ……。在ったよ……ここだぁ……あります! ここです!」  視線が合ったミラに向かい、アイリは驚きから笑顔へ表情を変えて報告した。
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