16人が本棚に入れています
本棚に追加
運転席に乗り込んだ私の心の中にはあることが思い浮かんでいた。
消そうとしても消えないだけでなく、早く早くとせかしてくるその思いに今まで消えていた感情が一部分だけ呼び覚まされる。
急がないと
私は和歌浜広場に大急ぎで向かう。もちろん途中でスピード違反や信号無視なんかで捕まっている時間などないので、交通法規は絶対に守りながら。
和歌浜広場に着くや否や、私は大慌てで左腕と胴体を和歌浜公園の時と同じように詰め込むと、無我夢中で和歌浜広場に聡を棄てて車を発進させた。
はやくはやく
最後に向かう場所はもちろん、ヒロの待つキャンプ場。
和歌浜広場からは距離があるので時間がかかるのはわかっている。わかっているけどキャンプ場に着くまでの時間は永遠に続くかのような長い長い時間に感じた。
ヒロ
急かされる理由はわかっている。
起点となったのは、聡の右足をつかんだ瞬間。
やっとのことでキャンプ場についた私は、聡の左足をリュックに詰めると車を降りる。トランクからスコップを取り出し、私は以前聡と一緒に歩いた道を記憶を頼りに進んで行く。ヒロの元へと。
あの場所にたどり着いた私は、ヒロが居るであろう場所に目星をつけるとスコップで地面を掘り始めた。辺りは真っ暗だし、聡がヒロをどこに隠したのかなんて全くわからないにもかかわらず、私には何となくこの場所にヒロがいるんだろうなと言う事がわかった。
しばらく掘り進めると、スコップに何かが当たる手ごたえがあった。
私はスコップを放り投げると、両手で土をかき出す。ヒロ。ヒロ。まだ柔らかい土の中に、ヒロの洋服の端が見えた。あぁ、やっと見つけた。
私は思わず微笑むと、ヒロに向かって優しく話しかける。
「ヒロ、お母さんだよ。こないだはごめんね。置いて帰っちゃって。それでね、今日はお母さん、いいものを持ってきたんだ」
そう言うと私はリュックから左足を取り出した。
「左足があった方が便利でしょ?事故にあってから、ずっと無くて不便だったもんね。だからこれ、ヒロにあげる。プレゼント」
ヒロに聡の左足を見せるように持ち上げると、私はニッコリと笑う。やっとヒロを5体満足にしてやれる。
「お父さんがヒロの役に立ちたいって、さっきやっと言ったんだよ」
あの事故があった時から、私はずっとヒロに対して申し訳ない気持ちが消えることはなかった。事故が起きた時、ヒロのそばにいたのは聡1人。聡なんかにヒロを任せるんじゃなかった。
「よかったね」
聡があの時ちゃんとしていれば、ヒロがいじめられるこことも、不登校になることもなかった。私は今頃幸せな家庭を築いていたはずだ。こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ。
私はヒロの左足の空いた部分に、聡の足をそっと置いた。
さっきまでのせかされるような気持ちは、もう跡形もなくすっかりと消えていた。
私はその後、土を元通りにかけて戻し、枯れ草なども上から被せてカムフラージュすると車へと足取り軽く戻って行く。その背中にヒロの声がはっきりと聞こえた。
「お母さん」と。
最初のコメントを投稿しよう!