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のみこまれる
全てを思い出した。
私は聡からの着信履歴を画面に映したスマホを片手に愕然とする。
しかし、あの後どうやって家に帰ってきたのかはさっぱりと思い出せない。
そして、私は今思い出したすべてのことを自分自身の手でやったという実感がない。でも覚えている。でもやっていない。なんだなんだなんだなんだ
わけが分からない
私の記憶が戻るにつれて、なんだか外が急に騒がしくなってきたような気がする。
私は事件の続報が出ていないか確認するために急いでテレビを点けた。テレビからは聞きなれた女性アナウンサーの声が「速報です」と繰り返している。
”和歌浜公園、和歌浜広場で見つかったバラバラ死体にまつわる速報です。今、犯人の武田敦被告が身柄を拘束されました。被害者はまだ公開されていませんが、警察は武田容疑者の所持するナイフと被害者につけられた傷が一致したということで逮捕に踏み切ったと言う事です。繰り返します。武田敦容疑者の身柄が確保されました…”
テレビに映る景色は見慣れたこのマンション、ハイアットパークの外観で、警察に連れていかれる武田さんは「俺はやっていない」と大声でカメラに向かって叫び続けていた。
武田さんが犯人。
やっぱり、さっき思い出した記憶は偽物なんだ。聡がいなくなってしまって混乱した頭が作り出した妄想。そうに違いない。ヒロだっていつもと変わらず部屋に籠っているはずだ。
ドキドキする心臓を落ち着かせようと、私は台所に向かうと珈琲を入れようとヤカンにお湯を沸かしながら、ミルでガリガリと豆を挽く。
私じゃない。私じゃ。
ドリッパーにセットした豆に、お湯を落としていく。広がっていく珈琲の香りを胸いっぱいに吸い込むと気持ちがだんだんと落ち着いてくる。
違う。違う。
カップに注いだ珈琲を、その場で立ったまま飲みホッと一息ついたところで視界の端に我が家の大型冷凍庫が入り込んできた。
どうしてこの冷凍庫が気になるのだろう。
私は珈琲の残るカップをシンクに置き、冷凍庫に吸い込まれるように近付くとその蓋を開ける。中には丸い新聞紙に包まれたビニール袋が無造作に放り込まれていた。
嫌だ。嘘だ。
恐る恐る袋から丸いものを取り出し、新聞紙を開くと不満そうな顔をした聡の顔がそこにあった。
<終>
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