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その昔、不浄に淀んだ千尋の湖に人知れず河童が住んでいた。この河童、恐ろしいことに人を湖におびき寄せては引き入れ、水中では万能な自分に対し無能に等しい人間を、「お前は嘗ての俺だ。ざまあみろ」と当てつけがましく言いながらいとも簡単に窒息死させ、腐乱させ、餌食にしてしまうのであった。
或る日も河童は随分前に入水自殺した女が残した女物の草履を履いて湖岸の土手まで足跡を付けて行き、湖に飛び込んだ。その足跡に興味を覚えた男が土手までやって来ると、水中で足音を聞きつけた河童は、女の声を装って、「足跡に惹かれて来たの?」と婀娜っぽく訊いた。
男は声の主は何処だ何処だときょろきょろと辺りを見回すが、当然、女の姿は見えない。
「私はこの深い深い湖の底にも足跡を残せるのよ」
どうやら水中から声がするので男はまさかと思って水面を見つめていると、またもや声が聞こえて来た。
「すごいでしょ、私、誰だと思う?」
鈴を転がすような綺麗な声なので男は魔訶不思議に思いながらも一心に水中を覗き込むと、突如として河童が水中から現れ、法面を駆け上がり、男の首根っこに飛びつくや、男を水中に引き入れ、いつも通りの要領で栄養源として摂取してしまった。
こんな具合に大抵、男が誘われて犠牲になるのであった。
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