たたずむ

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たたずむ

 ずいぶんと長い間、私はここにいるのです。  夏にはよく伸びた私の大きな枝葉にやかましいセミどもがたくさん参りますが、秋となり冬がくるとこのように、まわりはすっかりと雪でおおわれてあたりはしんと静まり返り、足元近くに流れる川にもうっすらと氷が張り魚の影すら見えません。  すべては死に絶えたかのようなこの少し退屈な静寂が、しかし私はきらいではありません。何度も経験してきた事ですし、ずっとこのままではなく、やがて雪が溶け氷が溶け魚が戻り、私もさわさわとやわらかな緑色のベールをまとうのでしょうから。  おや、誰か来たようです、葉も花もないこの時期にはめずらしいことです。男の人のようですね。不安げな顔をして、大きな袋を肩に担いでいます、ずいぶん重たそう。雪で足元もわるく、1人で運ぶのは大変そうです。あ、私の足元に。どさりと袋を下ろすと、シャベルで地面を掘りだしました。その下には、私の足が埋まっているというのに。痛い! シャベルが足に当たりました。なぜこんな所を掘るのでしょう? いやな人ですね。痛いっ。  そうこうするうち、ずいぶんと深い穴ができました。傷ついた足に地中の冷たい水が凍みこんでとても寒い。ああ、やっとシャベルを置いたわ。男の人は、担いできた大きな袋を穴の中に放り入れました。  すると今度は、上から土をかけまた元通りに埋めていくのです。顔には大粒の汗が光り、地面にぽたぽたと流れ落ちていきます。みるみるうちに、私の足元はすっかり元通りになりました。表面のちぐはぐさは、また降ってきた雪によってなめらかに整えられるのでしょう、一晩かけて。男の人は顔の汗を袖でぬぐうと、急ぎ足で元来た道をさっさと行ってしまいました。    私が足元に注意を向けると、袋の中から、人間の発する想念が漂ってきました。私はしずかに、足元の地中に横たわる誰かに話しかけました。
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