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001:薄暮で得られるものは安心だけだった
薄暮と呼ばれる時間帯が好きだった。世界が橙色に染まるその瞬間は、いつだって心を落ち着かせる。白く輝く星は、控え目に淡い青の中に佇んでいて、次第に淡さが消えていく。ゆっくりと、濃紺とした夜に覆われる空を、いつも見上げていた。
*
体内から滲んだ汗が、輪郭を静かに辿っていく。ぽたり、地面に汗が染みこむ度に、自分が人間であることが、たしかに息づいているような気がする。
「なあ、真夏に長袖で暑くねえの?」
灼熱の太陽が、燦々とグラウンドを焼き尽くしていた。その隅の木陰で、少しでも暑さから逃れようとじっとしている俺に、クラスイチ空気が読めないと評判の高岡から無神経な一言をぶつけられる。
ちらり、視線を上げ、すぐにゆらゆらと揺れる世界に戻す。
「……暑いに決まってんじゃん」
汗を垂らしたクラスメイトを見て、ましてやこんな時期に長袖を着ているクラスメイトに、暑くないのかと聞いてくる馬鹿は、恐らくこいつぐらいだろう。じっとしていても汗が滲むというのに。今あのグラウンドでサッカーをさせられている生徒たちはあと三十分もすれば干からびているはずだ。ご愁傷様。可哀想に。そんな俺も、周囲から見れば可哀想だと思われているのだろう。無神経なクラスメイトが突っ込んでくるような服装をしていれば。
「なんだっけ、お前のそれ……XP? ほら、かっこよくない方の呼び方」
「……色素性乾皮症」
「いえす! それ! もしかして、この太陽とか浴びたら火傷すんの?」
ずけずけと、触れられたくない核をついてくる。やっぱり空気が読めない男だ、こいつは。
「……まあ、一発で俺の皮膚は終わるだろうね」
指定難病とされるこの病は、紫外線にあたると露出している肌に紅斑や水疱が発生する。本来であれば遺伝子がどうにかこうにか頑張って修復するし、こんな太陽の日差しでも日焼け程度でおさまるが、俺の場合は遺伝子が頑張ってくれないらしく、皮膚がんになりやすいと言われていた。つまり、俺は生まれてから日の光が浴びれない体をしているわけで、どんなに灼熱地獄の日であろうとも、肌を露出することは基本的に病院NGが出てる。
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