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裏側の秘密
最終日、初めて葉月ちゃんとペアを組んだ。私も少しは慣れたとはいえ、改めて彼女の仕事の速さには舌を巻いた。
「亜紗美ちゃん、バスルームをお願いね!」
「はいっ」
ゴム手袋を嵌めて、ユニットバスのドアを開ける。洗面台を洗い、水回りと鏡をタオルで拭く。次にシャワーカーテンを丸め、浴槽に洗剤を撒き、スポンジで擦る。泡をシャワーで流して終了――なのだが、スムーズに流れない。排水口が詰まっている。仕方ないので、排水口を浚うと、ゴソッと長い髪の毛が取れた。
うわっ、気持ち悪っ。
ゲンナリしたけど、髪の束をゴミ袋に入れて、もう1度浴槽の底に洗剤を撒き、シャワーで流す。いつもより時間がかかってしまった。ボディーソープなどの残量を確認し、トイレ掃除に移る。床のゴミも集めて袋に捨て、汚物入れの袋を交換。最後に、タオルやアメニティを補充した。
「加湿器、確認して」
「はいっ」
室内の作業は、既に終わっている。加湿器のタンクが空だったので、バスルームで給水して――。
ガチャッ
「えっ、何で?」
開かない。ドアの鍵はこちら側にしかない。外から押さえられない限り、開かないなんてことはないのに!
「開けて! 誰か!」
ドアノブを何度も回したり、ドンドンと叩くもビクともしない。
「葉月ちゃん、助けて!」
「亜紗美ちゃんっ?!」
突然、ドアが開いて、私はカーペットの上に転がった。
「大丈夫?! あんまり遅いから来たんだけど」
汗か涙か分からない液体で全身がグッショリ重い。ドアが開かなくなったことを話すと、葉月ちゃんは首を振った。
「ごめん、迂闊だったわ。亜紗美ちゃんって、見える人だったもんね……」
「何……やだ、葉月ちゃん?」
「とりあえず、出よう」
加湿器にタンクをセットして、彼女は私の腕を掴んだ。208は終わっていて、私が20分近く閉じ込められていたことを、改めて知る。残る部屋は3室。葉月ちゃんは、全てバスルームを引き受けてくれた。
「あの部屋、3年前に女性客が自殺したのよ。浴槽で手首切ってね」
帰りのマイクロバスで、1番後ろの席に2人で並ぶ。走り出してから、葉月ちゃんは重い口を開いた。
「彼氏にフラれたとかなんとか記事に出てたけど、迷惑な話。だけど、ヘンなことが続いたり、白い服の女を見たって子もいて」
車窓は暗く沈み、車内が映り込む。眠る人が多い。周りから寝息も聞こえる。
「どの客室にも、風景画の額が飾られてたでしょ」
頷くと、葉月ちゃんは更に声を潜めた。
「裏側に御札を張って、ようやく収まったんだって。だけど部屋に出られなくなったら」
駐車場に出るようになった。
皆まで聞かずとも、サーッと血の気が引く。だって……その白い服の女性は、私達がこのバスに乗り込む時もずっと見ていた。今も時折、葉月ちゃんの背後の車窓に、白い影がユラユラと重なって――。
【了】
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