ひとりたび

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ギンギンと音がしそうな程に冷房で冷え切った車内は彩の身体を否応なしを冷やす。あーあ、また遅くなっちゃった。彩は、ギリギリで乗ることのできた電車の中でぼんやりと思った。いつまでこんな生活が続くのだろうか、やっぱり自分にはこの仕事が向いていなかったのかな、もやもやとした気持ちが脳内を駆け巡る。今はもう何にも考えたくもないな、ドロドロとした嫌なものをシャットアウトするため眠ろうと彩が目をつぶろうとした時だった。 「ん?」  彩は思わず声を上げた。目の前にあったポスターが、気になったのだ。 「岐阜へ行こう! 自然と食べ物に癒される充実の二泊三日」 旅行会社特有のよく見るキャッチフレーズがどんと強調されたポスター、いつもはこんなにじっくりと眺めたことのない彩には、無縁の言葉だった。しかし彩の目は、文字の下の写真に目が向けられていた。無表情な色をしたコンクリートからは想像できないような青々とした田んぼ、ちょこんとした屋根の可愛らしい民家、周辺には、見るからに涼しそうな川がさらさらと流れている。理想の故郷を絵に描いたような写真だ。 「岐阜かぁ」 彩は、ぼそりと呟いた。幼い頃、家族旅行で行ったきりだな。たしか食べ物がすごく美味しい場所だったっけ。彩の頭に岐阜で味わった食べ物がいくつも浮かんでは消えた。素敵な思い出の欠片が彩へと近づいてくる。 「また、行きたいな」 そう呟いた途端、無性に岐阜へ行きたい気持ちが沸いてくる。頭の中にぴぴっと電流の走ったようだった。今度の休みはいつだっけ。高岡から電車でどのくらいかかるのかな。気がつくと、彩の指は、スマートフォンの画面をすらすらと滑っていた。
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