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 深夜の防波堤、その近くにある大きな倉庫群に一台の車が止まっていた。車体は黒くエンジンもかかっていないためかまるで俗世を避け闇に溶け込もうとしているように見えた。  タバコの煙が充満し、モヤががった車内には二名の人影あった。眉間に皺を寄せ、茶色のジャケットを脱がぬまま後部座席で横になっているガタイの良い男が一人。もう一人は運転席。後部座席の男とは対照的で細身、深夜でもあるにもかかわらず糊の利いたスーツをビシッと着込んでいる男だ。二人はボソボソとした声で会話をし、乾電池式のポータブルラジオを聴きながら過ごしていた。  ラジオからは深夜に似付かない、ハイテンションな女性の声が流れていた。 『……は残念ながら四位止まり、清掃技術は高いためこれからも見逃せない人物の一人です。しかしトップスリーの牙城は崩せなかったか、来月までに力を付けて欲しいところです。続いては第三位。先月よりワンランクダウンしたのはこの掃除屋、黄色い紙風船です。目立った活動が少なかったためかワンランク落としたものの根強い人気は健在です、一度は解散する危機もあったものの十年来の功績と実力から見事に復活。掃除の速さは彼らにまかせろ。4人で手早く美しく、互いの長所・短所を知り尽くした清掃テクニックはもはや芸術。古臭い様子も無く時代を常に先取りしながら動き続けるグループです。』  ラジオの声を聞きながら、ガタイの良い男が数十本目のタバコに火をつける。 「胸糞悪い。」  タバコの煙を吐きながら言った。 「吸いすぎなんですよ。」  運転席の男は後部から漂うタバコの煙を手で払いながら言った。 「吸わねえとやってられないってのも分かってんだろ。」  ガタイの良い男は言うが相手からの返事は無かった。  ラジオの声は続く。 『第二位は先月よりワンランクアップ、龍牙です。彼は一人の活動でありながらきっちりと仕事をこなす完璧主義の仕事人、部屋一つを新品同様の輝きにまで清掃します。甘いマスクとは裏腹にクールに掃除をする彼の人気は衰え知らず。彼のハートを射止めたい女性は数多く存在しますが、実際にお会いしたら射止められてしまうこと間違いなし。いくら心を掃除しても彼の顔を忘れることは出来ないでしょう。彼の活躍には今後とも期待していきたいところです。』 「このままだと僕が勝ちそうですね、首位陥落なんて大穴を狙うからいけないんですよ。」  細身の男はラジオを聴きながら言った。ガタイの良い男は返事をしなかった。  ラジオの声は続く。 『さて、今月の第一位はもちろんこの人。先月、先々月と貫禄の首位継続。ザ・アットマークです。この業界で知らないものがもう居ないでしょう。彼が持っている信頼は一夜にしてできたものにあらず、絶え間ぬ努力が生んだ結果と言えるでしょう。彼の掃除は場所を選びません。船内・山奥・コンテナ内など多種多様、まさに掃除屋界の頂……』  ガタイの良い男は起き上がり、後部座席から手を伸ばすと助手席に置いてあったラジオの電源を切った。 「やっぱり僕の勝ちでしたね。」  細身の男はガタイの良い男に手を出しながら言う。ガタイの良い男はため息混じりで差し出された手にワンカートンのタバコを置いた。 「全部、です。」  細身の男は念押し気味に言う。ガタイの良い男はしぶしぶといった様子でジャケットの裏ポケットから一箱と胸ポケットから封の空いたタバコを差し出す。 「ったく、ホント胸糞悪い。」 「ラジオ?それともタバコですか?」 「両方だよ。」  ガタイの良い男は吐き捨てるように言った。  外でちらりと動く人影が見えた。二人の男は互いに拳銃を出していつでも使用できるように確認を取る。 「連絡したら、即だ。」  ガタイの良い男は言う。細身の男は携帯電話での連絡を終えると勢いよくエンジンをふかし車を走らせた。  エンジン音を封切りに複数台の車が外に居た複数人の人影を取り囲んだ。人影達はあきらめた様子で両手を挙げ、抵抗は見られなかった。  ガタイの良い男は車から降り、一言。 「殺人および麻薬取締法の現行犯で逮捕する!」  大きな騒ぎも負傷者も出ず、静かにお縄に付いた犯人の一人に告げる。 「技術が良くても現場を押さえられたら意味無しだ。この後詳しく過去の仕事も聞くからな、署に付く間にしっかり思い出して置けよザ・アットマーク。」  複数台の警察車両が署へと帰っていく。  残された細身の男がガタイの良い男に向けて言う。 「これで来月は負けませんね、警部。」  警部と呼ばれたガタイの良い男は返事を返す。 「ホント胸糞悪い、ラジオも大概にして欲しいもんだ。犯罪者御用達、痕跡を残さない清掃屋ランキングなんて誰が喜ぶんだよ。」  タバコを吸おうとした警部は胸ポケットをあさり、自身のタバコを部下に渡してしまったことを思い出す。 「少なくとも来月までの僕は喜びますよ。警部の灰皿を掃除する必要が無くなりますからね。」  部下である細身の男は意地の悪そうな笑みを見せる。 「まったく、胸糞悪い。」  吐き捨てた警部の言葉は闇の中に消えていった。
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