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引っ越し作業も終わりが見えてきた頃、清虎が不思議そうに首を傾げた。
「なあ、なんで陸は裏方希望なん。せっかく綺麗な顔しとるんやから、舞台乗ったらええやんか」
「それ、俺も思った。お姫様役やらしてみたいよな」
兄弟そろって無茶なことを言う。陸は「陰から支えたいんで」と、勢いよく首を横に振った。
心底嬉しそうに清虎は微笑み、夢みたいだと陸にじゃれつく。絡みつかれてよろけながら、陸は遠くから手を振る人影に気付いた。
「あれっ、遠藤さんだ。どうしたんだろ」
遠藤の隣には自転車を押す哲治もいて、カゴの中にはぎっしり荷物を積んでいる。
「お疲れ様! ハイこれ差し入れ。おにぎり握ってきたの。みんなで食べて」
一体いくつ入ってるんだと思うほど、ずっしり重たそうな袋を清虎に手渡した。
「めっちゃ助かる。ありがとう。でも、何で?」
「昨日招待してくれたお礼だよ。すっごく素敵だった。座長さんにね、『差し入れ何が良いですか』って聞いたら、おにぎりっていうから、哲治と二人で朝から用意したんだ」
機嫌良さそうに笑った遠藤は、同意を求めるように哲治を見上げる。
「あぁ。それから、陸と清虎にはこれ……」
哲治が自転車のカゴに残された二つの包みを取り出し、陸の前に差し出した。
「弁当作ってきたから、移動中にでも食って。どうせ陸も清虎についていくんだろ?」
陸は哲治から弁当箱を二つ受け取り、目を大きくパチパチさせる。
「やっぱり哲治、気付いてたんだ」
「いつでも会えるって言ってたからな。何となく察したよ。それに『見える月は一つ』だなんて、俺のこと慰めてさ。……どこに居ても無理して体壊すなよ」
「わかった。気を付ける」
陸は哲治から貰った弁当を、ぎゅっと胸に抱いた。
「おい、そろそろ出発するぞ。車に乗れ」
ワンボックスカーの運転席から顔を出した獅凰が、陸と清虎を呼んだ。
「ほな、俺たち行くわ。二人ともおおきに。また会おうな」
哲治と遠藤に見送られ、陸と清虎は並んで歩き出す。
「獅凰さんと清虎って、似てるよね」
「もう一人弟もおんねんで。役者はやらんって、大学いっとるけど」
「そうなんだ。俺、清虎のことまだまだ全然知らないや」
「これからなんぼでも知る機会あるやろ、この先ずっと一緒におるんやから。俺にも陸のこと、たくさん教えてな」
車に乗る前、哲治と遠藤に向かって、もう一度大きく手を振った。
さあ、終わらない旅を続けよう。
――どこからか、金木犀の香りがする。
この匂いはやっぱり好きだ。
大切な人との想い出を、鮮やかに呼び起こしてくれるから。
fin
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