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プロローグ
九月も今日で終わると言うのに、夜になってもまだ空気は生ぬるかった。混み合う電車から吐き出され、青白い顔の青年が地下鉄のホームに降り立つ。新品という訳でもないのにスーツを着こなしきれていないのは、彼がまだ社会人二年目だからかもしれない。
重い足取りで改札を抜け、出口に続くエスカレーターに乗った。足元から顔を上げると、前に立つ人の大きなリュックサックで視界が埋まる。どうやら海外からの観光客らしく、聞こえてくる会話は日本語ではなかった。理解出来ない言語が、ただの音として耳を通過していく。
そうこうしているうちにエスカレーターの終わりが見えてきて、このまま家まで運んでくれたら楽でいいのにと溜め息を吐いた。
地上に出て少し歩くと見えてくるのは、黒、柿色、萌葱の三色を繰り返した演芸ホールの看板と、派手派手しいネオンの激安量販店。その先には大きな鳥居もあった。閑静とは程遠い猥雑さだが、青年はそれが心地良いと感じる。
浅草寺を中心に栄えた新旧入り乱れる町、浅草。
言わずと知れた観光地が、青年の降り立った駅であり、生まれ育った町だった。
疲れた体は惰性で動き、何も考えずとも勝手に足が交互に出る。
「お兄さん、だいぶお疲れだねぇ。今日はもう終わっちゃったけど、芝居なんてどう? 気分転換になるよ」
余程心許ない歩き方をしていたのか、交番の横を通り過ぎた時、凛とした声に呼び止められた。喧騒の中でも良く通る声は、さすが役者と思わせる。差し出されたチラシは近くの大衆劇場のもので、華々しい役者の写真が並んでいた。
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