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第一話 旅役者の男の子
まだ夏の延長線上にあるような、暑さの残る二学期始業式の朝。陸は終わってしまった夏休みに抵抗するように、未練がましくベッドにしがみついていた。階下から何度目かの母の呼び声がする。
「陸、アンタいい加減起きなさい! 新学期早々遅刻しちゃうでしょ。受験生の自覚あるの?」
声のトーンからして大爆発寸前だと察した陸が、渋々ベッドから這い出て「もう起きたよ!」と叫ぶ。だるそうにハンガーに吊るされた制服のシャツに手を伸ばし、のろのろと着替え始めた頃、玄関チャイムが鳴った。
「ヤベぇ、哲治もう来たのかよ」
まだもう少し時間に余裕があると思い込んでいた陸は、スクールバッグを掴むと慌てて階段を駆け下りた。こんな時、夏の制服はネクタイを結ばなくて済むから助かる。
「なんだよ陸、まだ準備できてねーの?」
寝ぐせもそのままの陸を見て、玄関のたたきで待つ哲治が思わず噴き出した。
「ちょっとだけ待って。歯だけ磨かせて」
「いいよ、慌てんなよ」
洗面所へ駆け込む陸に届くように、哲治が身を乗り出して声を掛ける。陸の母親から「いつもありがとうねぇ」と申し訳なさそうに言われ、哲治は「自分が迎えに来たいだけだから」と扇ぐように手を振った。
「お待たせ!」
陸は手櫛で髪を整えながら黒いスニーカーに足を突っ込み、ケンケンするように踵をしまう。
「バスの時間、間に合うかな」
「まだ大丈夫」
陸の問いかけに哲治が笑いながら頷いた。
この辺りは少子化の影響で、過去に小学校も中学校も統廃合が繰り返された。そのせいで学校の数が減り、通学区域の公立校であっても歩いて通うには少し遠く、生徒たちが電車やバスを利用することは珍しくなかった。
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