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教室に着いてぐるりと見まわすと、誰の席でもない机と椅子が一番後ろに用意されていた。なるほど噂は本当なのだなと思いながら、陸は自分の席に腰を下ろす。程なくしてチャイムが鳴り、担任と一緒に一人の男子生徒が入室してきた。
一瞬で教室の空気が変わり、皆が息を呑む。それは転入生に対するただの緊張ではない。その男子生徒があまりに容姿端麗で慄いたのだ。
背は高く華奢な体つきで、半袖のワイシャツから出た腕は白かった。胸ポケットに校章が入っていないのは、転校を繰り返す彼にはその方が、どこの学校でも使いまわせるので都合が良いのだろう。校則ギリギリの少し長めの黒髪が、歩く度にさらさらと揺れた。
深窓の麗人。
そんな言葉がピッタリはまるような、儚げな美少年と言う印象だ。ところが彼が自己紹介を始めると、その神秘的な気配は一変した。
転校生はクラス全体を見渡してからニカッと歯を見せて笑い、おもむろにチョークを手に取った。カツカツ音を立てながら黒板に大きな文字で自分の名前を書くと、満足そうに頷いて再び生徒たちに向き直る。
「俺の名前は佐久間清虎。『きよとら』って気軽に呼んでや。浅草の演劇場で一カ月間世話になります。みんな芝居見に来てな。短い間やけど、よろしゅうたのんます」
涼し気な良く通る声だった。
大阪弁なのか京都弁なのか陸には判断しかねるが、関西特有のイントネーションで堂々と自己紹介を終えた清虎は、一つだけ空いている席を指さした。
「先生、俺の席はあそこですか?」
「ああ。あれが君の席だ。そこに座って」
一瞬面食らったような顔をした担任が頷く。
清虎はまるで花道でも歩くように、笑顔で手を振りながら一番後ろの席に進んだ。クラスメイトも調子を合わせ、まるで熱心なファンのようにハイタッチしたり握手を求めたり指笛を鳴らす者もいて、自然と拍手が沸き起こる。
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