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夏休みに思い出を
8月10日 炎天下とも言える真夏日の真っ最中であり、天気予報によると外の気温はこの夏最高の32度を記録しているらしく、セミの声と何処かの小学生たちであろう子供達の遊び回る声が絶えない今日この頃。
時刻は昼食時の12:00を指していた。
こんなにも暑い日なにも関わらず、僕の部屋には相変わらずエアコンが無いため(まぁそれでも扇風機はあるのだが)、せめて涼味は味わおうと思い、昼食として冷やし中華を作ってみた(比較的簡単なので1人暮らしにおすすめである)。
そしてその自作した冷やし中華を啜るまさにその直前、箸で麺をとり、口にその麺を運ぶ、まさにその瞬間、部屋のインターホンが鳴り響いたのだ。
「誰だろ...今日は特に何もなかったと思うけどな...?」
そう呟きながら、まさに啜る直前だった麺を器に戻し、そして箸を置いて、立ち上がる。
ハッキリ言って、友人と呼べる人間がそこまで多くはない僕だが、多少なりとも、片手で数える程度の友人は、かろうじて存在する。
この夏はたまにそういった奴らと、居酒屋とかで何をとは言わないけれど飲んじゃったり、カラオケで夜を明かしたりもしていて、そんなこんなで自分なりに大学生活を満喫している。
しかしながら...
しかしながらこんな昼間の、ましてや昼食時に人が訪ねて来るような用事に、今の僕はまるで心当たりがなかった。
「ん...?」
いぶかしむ様にしながら部屋の扉のドア穴を覗くと、そこには知っているというよりも、嫌と言う程に色々なことを、僕は知るつもりもなかったのに知ってしまった人物が、ドア穴に向けて小さく手を振りながら立っていた。
「やっほー、元気してる?とりあえず開けてくれない?外は暑くてしんどいからさ~」
その彼の言葉に、嫌々ではあるものの、ゆっくりと、出来る限り嫌そうな顔を作りながら、僕は自分の部屋の扉を開けた。
「相模さん...一体何なんですか?こんなクソ暑い真夏日の、しかも絶好の御昼時に...」
「いや~近くまで来たモノだからさぁ、少しばかり様子を見にね~」
「はぁ...僕はこれから昼食なので、出来ればすぐに帰ってほしいんですけれど...」
「そう釣れないことを言うなよ~僕と君の仲じゃないか~というわけで、とりあえず上がって良い?」
「ええっ...」
扉を開けた時よりもより意識して、嫌な顔を僕は作って見せた。
しかしこの人が今僕の部屋に上がることで、特にこれといった不都合があるわけでもないので...っというよりも、彼の場合はここで追い返した方が、あとあと面倒なことになりかねないので、僕はその顔のまま、彼を部屋に入れるために一歩引いた。
「うん...さっきよりも一層嫌そうな顔はしているけど、なんだかんだ言って入れてくれるから、優しいよね。」
「閉めますよ?」
「ごめん、やめて、外はマジでしんどいから。」
流石真夏日の今日この頃...
やっぱり閉めてやれば良かったかなとも思いながら、かなり不本意な形ではあるけれど、僕は彼を部屋に招き入れたのだ。
そして彼は「お邪魔しまーす」と言いながら僕の部屋に入り、靴を脱ぎ、手洗いうがいを済ませると、僕が食べる予定である冷やし中華の前に、いつの間にか座っていた。
そして僕は、彼のその姿を見て、なんとなく嫌な予感がしながら、彼に対して口を開いたのだ。
「えっと...相模さん。一応念のため聞きますけど、お昼はどうし...」
「あーお昼まだなんだよねー。そうだなー冷やし中華とか、食べたいかなー」
僕の言葉に被せる様に、僕に対して彼は言葉を発しているはずなのに、彼はそう言いながらも僕には全く視線を合わせずに、しかしながら僕が食べる予定であった冷やし中華からは、一向に目を離そうとはしなかった。
やはり僕は、意地でもこの人を、たとえ外が真夏の炎天下であろうと追い払うべきだったのかもしれないと、そのとき切に、後悔した。
昼食が終わったテーブルには、冷やし中華が乗っていた器が2つ、箸が2つ、麦茶のポッドが1つに、その麦茶を飲むためのコップが2つ、相対する様に綺麗に並べられていた。
「いや~美味しかったよ~やっぱり夏は冷やし中華に限るね~」
「そうですか、そりゃ良かったですね。」
僕はそう言いながら立ち上がり、テーブルの上にあったコップ以外の食器類を、全て台所に持っていった。
まさかいきなりきた来訪者に、自分が食べる予定であった昼飯を食べられることになるとは、思いもしなかったよ。
「そうツンケンしないでよ~」
「別に(相模さんに対しては内心)いつもこうですよ。」
僕はそう言いながら、一人暮らしにはよくありがちな、一昨日ぐらいから溜まってしまっていた洗い物を、全て洗い始めた。
そしてそこからは、何故かしばらくの間、彼は大人しかった。
なんとなく不思議に思い、洗い物を終えて振り返ると、彼はジッとこちらを見ていた。
「なんですか...?」
「いや...ちゃんと生活しているんだなって、思ってさ。」
「...そりゃ、生きてますからね。生きていりゃ、生活せざる負えないんですから、その気が無くても、ちゃんと生活しますよ。」
「たしかに、そりゃそうだね。ごめんね、変なこと言った。」
彼は口元に笑みを浮かべながら、僕にそう言った。
僕と彼の付き合いは、まだ大して長いモノではない。
初めて知り合った、5月のゴールデンウィークの頃から数えると、まだ3ヶ月とそこそこだ。
しかしながら、その3ヶ月とそこそこの間に起きた2つの事件。
人間の姿形をしながら、決定的に人間とは異なった、特質的な体質や性質を持っている、『異人』と呼ばれる者達の専門家である彼と、彼に初めて会った5月のゴールデンウィークに、元々は普通の人間でありながら、後天性の『不死身の異人』の体質者になってしまった僕は、ともに2つの、その『異人』というモノにまつわる事件に、遭遇していた。
そしてその2つの事件に、僕は被害者の形として関わってしまっている。
いや...2つ目の、殺人鬼少女とのそれはそうなのかもしれないが、1つ目に関しては、少なくとも僕も加害者なのだろう。
なんせあれは...
今はまだ、誰かに語るつもりのないあれは、僕ともう一人の...
加害者であり被害者である僕ともう一人の...
大切な何かの、奪い合いの話なのだから。
もし僕がそれを語るのなら、寒い夜に、1人思い出しながら、独り言の様に語るのだろう。
後悔とか未練とか、そういったモノを抱えながら...
そういったモノ達を一生抱えながら、語るのだろう。
まぁとにかく、僕と彼はそういう、一言では言い表しづらい仲なのだ。
そしてだからこそ彼は、僕をジッと見ながら、うっすらと笑みを浮かべながら、あんなことを言うのかもしれない。
口にはお互い出さないが、きっとこの時、僕も彼も、間違いなく同じことを考えていたのだろう。
『本当に、よく生きているモノだ』と...
「それはそうと相模さん。何か僕に用があって来たんじゃないんですか?」
「えっ?」
僕が彼に対して発した言葉に、彼は意外そうな反応をしてみせた。
「だってどう考えても、相模さんがこのまま、何もなく帰るとは思えないでしょう。まぁ、昼飯は食われましたけど。」
僕が彼のその反応に、そう続けて言葉を紡ぐと、なぜだか彼は嬉しそうに笑みを浮かべながら言った。
「なんだよ。今日は随分と鋭いじゃないか。」
「付き合いは長くなくても、それなりに貴方のことは知っていますからね。それで、一体何の用なんですか?」
僕が再度そう尋ねると、彼は「わかったよ、じゃあ本題に入ろう」と言いながら、ジーンズのポケットから一枚の茶封筒を見せて、僕に渡した。
「何ですか、これ?」
「異人組合の本部から、君宛にこれを預かってきた。中身を見てみな。」
「はぁ...」
彼に言われるがままに、僕はその封筒を開けて中身を確認した。
すると中には、日本のリゾート地としても知られている熱海に住所を置く、老舗旅館の宿泊パスポートと電車の乗車券、おまけに黒いクレジットカードが同封されていたのだ。
「先日の殺人鬼騒動の件、あれは放っておけば、実はかなりヤバい代物だったらしくてね、それを誰一人被害者を出さずに解決した君に、本部から謝礼として、熱海旅行をプレゼントすることになったんだよ。」
「えっ...マジですか!?」
「うん、マジ。しかも君は、旅先では一円たりとも出費をしなくて済む様に、そのクレジットカードを使って買い物をすることができる。もちろん、僕も監督として同伴するけどね。」
「はぁ...そうなんですか...」
そう僕が呆けたような言葉を口にすると、相模さんは笑いながら言った
「あまりに急な話で、頭が追い付いついていないって感じだね~」
「そりゃあ...だって、僕は相模さんのことだから、てっきりまた厄介な異人の話とか異人組合のなんたらとかでも持ってきたモノなのかと...そう思っていたので...」
「ひどいな~まるで僕が疫病神みたいな言い方じゃないか~」
実際そう思ってた節もあるのだが...
いや、この人の場合は『疫病神』というよりは、『死神』の方が合っている気がする。
なんせこの人と関わった、今のところ全ての案件は、一回は死んでいるのだから。
しかしながらそんな死神から、まさかこんな形で謝礼をもらうことになろうとは...
しかもまさか...
まさかこの夏、家からバイト以外で外に出て旅行に行けてしまうなんて...
しかも一円の出費も無くだ。
これは...もしかしたら...
いやもしかしなくとも、行くしかないのだろう。
「これは、行くしかないんじゃない?荒木君」
こうして...
こうして彼は、僕が思っていることをズバリ言い当てた彼は、相変わらずの不敵な笑みを浮かべながら、そこから大事なことは特に何も言わずに...
強いて言えば「旅行は3日後だから~」ということだけを言い残して...
彼は僕の部屋から出て行った。
そして部屋には、彼が残したとんでもない置き土産と、その土産の前で正座している僕だけが取り残されたのだ。
本当に...
本当にビックリする程の思わぬ形ではあるが、こんな風に夏休みに思い出を作れるというのなら、あながちあの時に身体を張ったのは...
不死身であるが故に、あのとき彼女に殺されていたことは、もしかしたら悪い事ではなかったのかもしれない。
まぁとにかく...
こうして僕は、何かいろいろ聴きそびれてしまっていたり、言いそびれてしまっている気がしなくもないが...
とりあえず3日後、日本のリゾート地である熱海に、本当の意味で無料で、旅行することになったのだ。
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