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釣られた異人達(元も含む)
8月13日 晴天
絶好の旅行日和である今日は、丁度お盆期間に突入した日でもあり、新幹線の中は旅行者でそれなりに混雑していた。
しかしまあ、新幹線というのは普通の電車に比べて、速さと快適さが秀でているため、この旅行はさぞかし快適なモノになるだろうと、このときまで僕は信じて疑わなかったのだ。
そもそも他の観光地と比較して、比較的近場である熱海に、こんなわざわざ新幹線の指定席を使う必要もないのだ。
熱海までは普通の電車で約1時間半、新幹線では約30分だ。
旅行の情緒を楽しむために、長い距離の移動を好むのであれば、または交通費を安くするなら、間違いなく普通の電車の方が良い。
しかしながら今のこの現状では...
っというよりも、こんなに色々ともてなしてくれた異人組合の本部の方達には申し訳ないと思うが、そもそもこんなメンツでの旅行ならどんなところだろうと...
僕は一刻も早く帰りたいと、そう思ってしまうのだ。
「ほら、次は荒木君の番よ。」
そう言いながら、正面の少女は、視線を僕に向ける。
「あるなら早く出せよ。」
そう言いながら、右斜め前の少女は、視線を僕に向ける。
「そうだよ~それともパスでいい?」
そう言いながら、僕の隣の専門家は、視線を僕に向ける。
そう、今まさに僕は、この普通ではない、僕も含めて人間なのかどうなのかが怪しい奴等と、絶賛、大富豪の真っ最中なのだ。
「え~っと...僕...あがりなんだけど...」
そう言って僕は、♠のAを、膝にそっと、静かに置いた。
完全に迂闊だった。
僕はてっきり、自分だけがこの旅行に招待されているモノだと思い込んでいた。
しかし考えてみれば、あの殺人鬼騒動で関わった人物は、僕だけではなかったのだ。
むしろ僕よりも実際、事を解決に至らせたのは、琴音の方である。
そんなことは...
そんなことはあの時のことを思い出せば明らかなことなのに、僕は完全に浮かれていた。
そしてそんな風に、僕が自分の迂闊さを恥じていると、新幹線は本当にあっという間に、目的地である熱海駅に到着したのだ。
ちなみに新幹線の中での大富豪は、約30分という短い時間では、そこまで回数を重ねて行うことは出来なかったが、それでも実力差が十分に分かるほど、戦績は明らかだった。
4戦行い、僕が1勝、専門家が2勝、柊が1勝、琴音が0勝である。
「納得いかない...」
そう言いながら明らかに不貞腐れているこの少女。
名前は 佐柳 琴音(さやなぎ ことね)
僕と最初に出会った、先天性の『吸血鬼の異人』の女の子。
僕が語りたいとは思わない、あのゴールデンウィークのときの加害者であり、被害者。
今ではその時と違い、全体の1/5が異人であり、逆に4/5が普通の人間。
言うなれば彼女は、『ほとんど人間の異人』なのだ。
「そんなに言うなら、また今日の夜、皆でやりましょうか。」
そう言いながら僕達の1歩先を歩くこの少女。
名前は 柊 小夜(ひいらぎ さや)
2番目に出会った、元後天性の『殺人鬼の異人』の女の子。
あのうだる様な蒸し暑い、夏休み直前の...
咽かえるような血の匂いと鋭利な刃物で刻まれた...
そんなのが絶えない...そんな青春の日々を共に過ごした。
僕のことを何度も殺した、元殺人鬼。
彼女もまた琴音のように(いや、厳密に言えば全く違うのだが)、今ではその時と違い、異人としての症状は完全に成りを潜めていて...
今ではどこにでもいる、普通の女子大生なのだ。
電車を降り、ホームから出て、僕たちは改札に向かう。
熱海駅の中は、このお盆期間を利用した旅行者と帰省を目的とした人達で、とてつもないほどに混雑していた。
なので先を歩く相模さんと柊を見失ってはいけないと、僕と琴音は少し足早に、彼等を追いかけた。
そして改札を通る際は、予め乗車券を財布から出して通る様に、4人全員が、心掛けた。
まあこれくらいは常識だ。
こんな混雑した改札の前で間誤付いていたら、後続に続く他の客の迷惑になるだけなのだから。
しかし改札を出て駅の外に出ると、まるでタイミングを合わせた様に...
まるで申し合わせをしていた様に...
僕達の前に1台の、普段ならお目にかかることがないであろう、常識的な大きさを明らかに逸脱した黒塗りの車が、スピンをしながら駐車してきたのだ。
「えっと...相模さん、これは一体...。」
目の前で起きた、アクション映画さながらの駐車劇に、僕は呆気にとられながら、隣に居た相模さんに恐る恐る尋ねると、彼は口元を少し緩ませながら、いつものような軽口でこう言った。
「いや~ビックリした。本当に時間ピッタリだよ。」
「えっ...時間ピッタリってことは...まさかこれも?」
「そう、これも異人組合のモノでね...そしてこの車は、異人組合静岡支部の車なんだよ。」
そう彼が僕に言うと、車の中からは1人、サングラスを掛けた、運転手なのだろう大柄なスーツ姿の男が現れた。
そしてそのスーツ姿の男は、無言のまま、無表情のまま、サングラスをつけたまま、相模さんに一枚の紙を渡したのだ。
そして渡された相模さんは、その紙を見て確認すると、今度はそれを、今回の旅行の、いわゆるゲスト側の僕達3人全員に見せる様にして、僕に渡した。
そしてその紙には、こう書かれていたのだ。
~熱海旅行スケジュール~
1日目:柊、相模(静岡支部でカウンセリング)
荒木、佐柳(熱海観光)
2日目:佐柳、相模(静岡支部でカウンセリング)
荒木、柊(熱海観光)
3日目:荒木、相模(静岡支部でカウンセリング)
佐柳、柊(熱海観光)
4日目:全員で観光→帰宅
「えっと...相模さん、カウンセリングって...」
紙を渡された僕が...
紙を見せられた僕達が(っというよりも主に僕一人が)...
相模さんに旅行の説明を聞いた時には聞き覚えがない文字に対してそう尋ねようとすると...
相模さんはそんな僕達を見て微笑を含ませながら、こう言ったのだ。
「いや~本当ごめんね。」
その相模さんの言葉と、明らかに詫びを入れる気のない口調と顔で、僕はようやく気が付いた。
僕達がどうして、こんな観光地に、招待されたのか...
そして僕達が、この旅行を餌に、まんまと釣られていることに、今ようやく、気が付いたのだ。
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