3人が本棚に入れています
本棚に追加
1日目:荒木、佐柳(熱海観光)
「あームカつく...完全に騙された...。」
そう言いながら僕は、熱海の海が一望できる高台で、大富豪で負けまくっていた琴音以上に、不貞腐れていた。
「まぁ、こんなことだろうと思ったよ。」
そしてそんな僕に対して、一体何時何処で買ったのであろうソフトクリームを食べながら隣に居る琴音は意外にも、肯定の意を示した。
そしてそんな彼女の反応に対して、僕は問い掛ける。
「...なんだよ、まさか琴音は今回のこの旅行の裏側、知っていたのか?」
「いや、全く知らなかったし、お前と同じように今しったんだ。それでも少し考えてみれば、何かあるんだろうなって、思うものじゃないのか?」
「そんなものかな...?」
「そうでしょう。だってわざわざ組合がこんなメンツを揃えて、しかも宿や新幹線やらまで用意してくれて、挙句にはクレジットカードまで用意して、さらには引率者であの専門家も同行させて...こんなにも色々お膳立てされていて、まさか普通の旅行で終わるとは、流石に思わないよ…誰だって」
「...それも...そうだな(すみません、僕はこれが完全に普通の旅行だと思っていましたそう信じて疑いませんでした)。」
しかしながら、そう言われればたしかにその通りなのだ…
こんなメンツで…
こんな『ほとんど人間の元吸血鬼の異人』と『元殺人鬼の異人』と『現在進行形で不死身の異人』と『それらを管理する専門家』というメンツで、普通の旅行が出来るわけが無いのだ…
まぁでも、僕は最初自分1人が招待されていると思っていたから、そもそもこのメンツで旅行することさえ、予想して居なかったのだけど…
…っと、そこまで考えて思い出す。
この中では一番、僕が管理されるべき存在なのだということを、思い出す。
そしてそう考えると、なんだか滑稽でマヌケな話に思えて来る。
なんせ僕は、今日新幹線に乗るまで自分がそういう存在だということを、まるで無視していたのだから。
そんな風に僕は考えながら落胆して、ため息を混ぜながら、琴音のいわゆる雑談に、それこそ雑に応答していると、それを見た琴音は、怒るでも呆れるでもなく何故か軽く微笑みながら、僕にスプーンで掬ったソフトクリームを、僕の口元に近付けた。
「食べる?」
「ありがとう」
そう言いながら何の躊躇いもなく、僕はそのスプーンを咥えた。
普通ならこういう行為は、多少なりとも照れくさかったりするのかもしれないが…
それこそ付き合って居ない普通の男女なら、やることすら無いのだろうが…
しかし僕は相手が琴音なら、そう感じることはないのだ。
そしておそらくそれは、琴音も同じことなのだろう。
なぜならそれは、僕達はそれ以上にお互いのことを知っているからだ。
あのときを境にして、良い意味でも悪い意味でも、知り過ぎている程に、互いが互いを知っている。
だからきっと、僕が琴音に対して、そういう気持ちになったりすることは、きっとないのだろう。
少なくとも今は...
そして多分、これからも…
そんな風に思いながら、しばらくの間、僕は潮風を感じていると、隣に居る琴音が僕に声を掛けた。
「...ねぇ、そろそろどこかに行かない?」
そう言いながら、琴音は僕のシャツの袖を引っ張る。
いつの間にかソフトクリームも平らげてしまったらしく、その空き容器とスプーンを近くのゴミ箱に捨てながら、彼女は僕に、移動の同意を求めてきた。
「...あぁ、まぁ良いけれど、僕はここら辺の観光地は、自慢じゃないが全く知らないんだ。そもそも旅行に行くことなんて、今回が初めてなんだから。」
「ググれカス」
「いきなり辛辣が過ぎるのではないでしょうか!!」
さっきまでの優しさは一体どこに行ってしまったのだろうか。
ちなみに気が付いて居るだろうが、一応説明しておくと、今この場には僕と琴音しかいない。
あの専門家と柊は、渡されたスケジュール表に書いてある通り、カウンセリングのため別行動で異人組合の静岡支部に、あの規格外の車で向かったのだ。
そのため、案内人であったはずの相模さんもいないため、僕と琴音は軽く途方にくれていた。
「まぁ、言われなくともそうするつもりだったけどさ...」
そう言いながら、携帯の電源を入れようとすると、そのさらに視線の先で、とても不思議な格好をしている女の子が、僕の視界に入った。
「...(なんだろう、あの子?)」
そう思う僕が、携帯を手に取りながら、動作を止めながら凝視していた先は、様々な海水浴客で賑わう海辺だった。
しかしながら僕が見ていたのは、そんな十人十色の客達ではなく、ただ一人、唯一無二といえる様な格好をしている、小さな女の子だった。
そしてその姿は、海辺ではただ一人、昔ながらの着物を着たまま海に入ろうとしていた様に、僕には見えた。
それを見て、とてつもない程の嫌な予感がした僕は、僕の隣に居て何も気が付いていない様子の琴音に、「ごめん、ちょっと行ってくる」とだけ言い残して、その不思議な女の子がいる所に、誰も気が付いていないであろうその子の所に、走って、向かっていったのだ。
「き、きみ!ちょっと、まったぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」
バシャ―-----ーーーン!!!!
叫びながら、走りながら、慣れない砂浜に足を取られながら、向かったその女の子の、ほんの数メートル手前の波打ち際で、僕は盛大に、それはもう見事に、顔面から泥まみれになりながら、前のめりですッ転んだのだ。
「あ...あの...大丈夫...ですか?」
そう言いながらその着物姿の少女は…
その海では不思議な格好をしている女の子は、僕の所に近付きながら心配そうに、覗き込むようにして、僕に声を掛けてきた。
「あははは...大丈夫...です...。」
こんな格好悪い、今にも泣き出してしまいそうな程に格好悪いこの出会いが、僕と彼女の、荒木誠 と 若桐 薫 との、出会いなのだ。
「え~っとさ...もしかして誠って...ロリコン?」
「ちがうよ!!!」
波打ち際に顔面から盛大に飛び込んで怪我をした僕に対して、追いかけて来た琴音が呆れたような顔で、最初に僕に、そう言った。
あの後僕は琴音と、そしてこの着物姿の女の子と一緒に、そのまま近くの海の家で、救急箱を借りて治療をしてもらった。
不死身の異人である僕に、本当は必要のないことなのだが、僕のダイブをマジかで見てしまったこの着物姿の女の子は、僕達より慌てた様子で、「とりあえず、手当てしましょう!」と言いながら、僕を海の家に連れて、治療してくれたのだ。
そして今、鼻と顎と頬っぺたに絆創膏が張られた状態で、僕は琴音と、そしてこの女の子と、海の近くにあるロープウェイに、乗っているところである。
ちなみにどうして3人でロープウェイにのっているかというと、僕の医療を終えた後、その女の子に対して琴音が「私たちこれから何処か観光したいんだけど、何処か良いところ知らない?」と聴き、それに対してこの子はしばらく考えた後、「...熱海城とか...いいと思います。」と言って、山の上にある熱海城を指さしたのだ。
そしてさらに話を聞くと、どうやらこの子はこのあたりの地元人らしく、それなら案内をお願いしようと、僕が頼んだ次第である。
そして今、僕は隣に琴音、正面には着物の女の子という、なんだかよく分からない組み合わせで、今日一日、動くことになったのだ。
「それにしても、大事に至らなくて良かったです。」
着物姿のその女の子は、胸を撫で下ろす様にして、笑いながらそう言った。
彼女の名前は 若桐 薫(わかぎり かおる)というらしい。
年齢は14歳で、着物姿がとてもよく似合う、可憐な女の子である。
しかしその容姿は、着ているのが着物のせいなのか、もしくは14歳にしては大人の様な柔らかさがある話し方をするからか、どこか現実味がない、浮世離れしたような、そんな不思議な感覚を、僕は彼女に覚えていた。
色んな意味で、まるで人形のような綺麗さを持ったこの女の子を、琴音は「ロリ」と評していたが、その言葉がそのまま当てはまるほど、彼女は幼くない様にも見えた。
浮世離れした、現実味のない、人形のような女の子。
それはまるで、何かしらの物語に出てきそうな、そんな不思議な女の子だと、僕は静かに、彼女を見ながら、そう考えていた。
「あの...なんですか...?」
僕の視線に気が付いたその女の子は、少し照れくさそうにしながら、モジモジした様子で、僕に言った。
うん、かわいい、なんか色々理屈っぽいことを言っていた気もするが、要するに、この 若桐 薫 という少女は、問答無用でかわいいのだ。
そんな風に僕が心の中で結論付けていると、その声がまさか聞こえたのか、それとも僕の彼女に向けての視線に気が付いたのか、はたまた単純に若桐の声に気が付いたのか、もしくはそれら全てがあてはまっているかは知らないが
隣に座っている琴音は、僕に視線を向け、無言で僕の足を、踏み抜いた。
「痛って!何するんだよ。」
「うるさい、死ね、このロリコン、誠氏ね。」
「お前な...最後のそのセリフと誤字だけは、使ってはいけないことだとわかるだろ!お前がそれを口にした途端、周囲から見たときの僕の人間性が、色々とややこしく捉えられてしまうんだからな!」
まぁ人間ではないから、人間性を気にするのはおかしな話なのかもしれなが。
しかしながら、どういうわけか琴音様は御乱心のようで、その後はぷいっと、明後日の方向を向かれてしまう。
そして僕らのその様子を見て、向かいに座るその女の子は、小さく、慎ましやかに、笑うのだ。
『熱海ロープウェイに御乗車中のお客様に申し上げます。間もなく終点駅に到着しますので、降りる際は足元にご注意して下さい。』
ロープウェイの車内にアナウンスの声が流れると、その数分後、駅に到着した車両の自動ドアが開き、そして同じ車両に乗っていた他の客と、案内係のスタッフに促されながら、僕達は駅の外に出た。
「あのさ、もしかして、さっき言ってた熱海城って、これのこと?」
「あ、はい。とても楽しいですよ。」
駅の外に出ると、先に出ていた琴音と若桐が大きな看板の前で話していた。
そしてその看板には、大きな文字で『熱海城』と書かれていて、その看板からそう離れていない所に、人だかりも出来ていた。
その様子を見て僕は、どうやらようやく、僕達は熱海観光を楽しめるようであると、ホッとした気持ちになったのだ。
熱海城とは、静岡県熱海市の錦ヶ浦山頂にある観光施設であり、展望台からは市街地や南熱海を一望できる熱海市内有数の観光スポットとなっている。
しかしながら城郭は歴史的に実在したモノではなく、建設されたのは1959年(昭和34年頃)であり、海抜100mの位置に建てられた。
その構造は外観5重、内部9階の日本の城郭に見られる天守を模して造られた鉄筋コンクリート造建築であり、天守閣風建築物として知られている。
さらに春になると、208本の植えられた桜の木が花を咲かせ、3月下旬から4月上旬にかけては「熱海城桜まつり」が開催されるらしい。
かつては地下に温泉施設があり、隣接する離れは宿泊棟だったが、それらは共に閉鎖され、今では現役の展望台真下に、古い展望台がそのまま残っている作りとなっている。
ちなみに入場料は大人1000円、子供500円となっていて、それなりにリーズナブルな価格で観光ができる場所である(ウィキペディアより)。
「こうやって改めて江戸時代の道具の展示品を見てみると、人間って、すごいよな。」
なんとなく、誰に言うでもなく、僕はそう呟いた。
熱海城に展示されている、様々な江戸の文化を代表する展示品を、それなりに時間を掛けて、一通り見て回ったのち、僕達は熱海を一望するために、展望台に来ていた。
そしてその景色を見ながら、さっきまで自分たちが見ていた展示品達を思い出して、そしてそれらと今目の前に広がる景色を比較するように、僕はそう呟いていた。
「すごいって、何が?」
僕のその呟きが、まさか拾われるとは思わなかったが、僕の右隣でそれを聞いていた琴音が、不思議そうな顔をして、僕にそう問い返す。
そしてさらに僕の左隣では、あの着物姿の女の子も、同じような顔をして、僕のことを見ていた。
「いや、だってさ...今では絶対に考えられない様なモノを扱って、昔の人達は生活をしていたり、遊んでいたり、戦争をしていたんだろ?」
展示品の数々を思いだしながら、僕はそう言葉を紡ぐ。
展示されていたのは、武器や甲冑、浮世絵や謎絵、生活品等が主であった。
春画なんかも展示されていたらしいが、琴音たちを前に、それを見ようと誘う度胸は、僕には持ち合わせて居なかったので、流石にやめておいた。
「そりゃ、その時代の人達からすれば、それが最新の道具だったんだから、使うことになるのは、必然的なんじゃない?」
僕の紡いだ言葉に対して、琴音が当たり前を謳う様な口調で、そう言った。
「いや、そうなんだけどさ。なんかさ、たった数百年やそこらで、今では昔のそれを扱うことは、考えられない様な生活になったんだなって...なんかそう考えると、人間の物事に関しての成長する速度って、かなり異常なモノなんじゃないのかと、思ってさ。」
琴音から返された言葉に対して、さらに僕は、そう言った。
けれどその言葉は、なんだか伝わりにくい言い回しをしてしまったみたいで、僕は喋りながら、なんとなく空回りしていることを自覚していた。
案の定、言われている琴音の顔は、僕が言いたいそれを、理解している様には見えなかった。
しかしながら、僕のその空回っている様な言葉を、僕の左隣の少女はどうやら理解したらしく、微笑みながら、言葉を紡いだ。
「...人は自分達の暮らしを豊かにするために、いろいろな分野で努力をして、現代の様な生活を手に入れることが出来て、その努力がまだ1000年経たないなんて...そう考えると、たしかに人は、すごいかもしれませんね。」
「...。」
「...荒木さん?」
「...あぁ、そうそう、そう言いたかったんだ。」
僕が言いたかったそれが、琴音より先に、さっき会ったばかりの女の子に伝わったことに、僕は少し驚いてしまっていた。
そしてそれが、なんとなく、うれしくもあった様な気がして、それでなんだか少しだけ照れくさくて、僕は慌てて、外の景色に、視線を戻したのだ。
その後は、熱海城の地下にある遊戯場で散々遊び、次は熱海城を出て、熱海名物である『熱海プリン』を食べたいと、琴音と若桐が言ったので、そのままそれが売っているお店に、若桐の案内で、僕達は向かっていた。
けれどお店に向かう道中、なんとなく若桐が、辺りをキョロキョロしている様に見えたので、もしかしたら迷ったのかと思い、僕はその場でお店を検索しようとした。
しかしそのお店は、先程の熱海城の看板に負けず劣らない程の大きさを有した看板を所持していて、それが僕の視界に入ったので、わざわざ検索する必要がないと思った。
そう思い、僕は隣を歩く若桐に声を掛けた。
「あのさ、お店って、あれだよね?」
しかしながら、彼女は僕がそう言うと、一瞬だけ強張った様子で彼女は僕を見た。
「えっ?あ、はい。そうですそうです、ここです。」
「おーここかここか、じゃあさっさと入って食べよう食べよう!」
琴音が捲し立てる様にして、僕の腕を引っ張って店内に引きずり込む。
「わかったから、少し落ち着け。」
別に焦る必要などないのだから、落ち着いて欲しいモノである。
それにしても、さっきの若桐のあの顔、少しだけ間を置いて、強張った様なあの表情。
僕はそれに、少しだけ違和感を覚えながら、名物である熱海プリンを食していた。
ちなみに、プリンはかなりトロトロで、うまかった (`・ω・´)b
プリンを食べ終え、時刻は夕方の17:00を指していたので、僕達は相模さんに指定された旅館に向かうことにした。
そして丁度その時間で、若桐も家に帰る様だったので、僕達はまた、ロープウェイに乗って下り、そして下った先の駅で別れた。
旅館に行く道中、そんなに長い道のりではなかったけど、やはり遊び疲れたのか、それともそのせいで眠いのか、琴音はあまり喋らずに、旅館に向けて歩みを進めていた。
そして旅館に着き、フロントに行くと、「お連れ様はもうご到着しております」と言われ、そのまま部屋に通された。
しかし部屋に入ると誰もおらず、そして琴音は倒れて眠ってしまったので、僕はとりあえず、夕飯前にお風呂に入ろうと、貴重品と着替えを持って、大浴場に向かった。
大浴場はとても見晴らしがよく、夕焼けと熱海の海を一望できる、そんな贅沢な温泉だった。
しばらくの間湯船にゆったり浸かっていると、いつの間に居たのか、となりから声を掛けられた。
「やぁ、荒木君。熱海観光は楽しかったかい?」
周りには僕以外、客がいなかったわけではないが、それでもまさかこんな所で、しかも裸で、この人に名前を呼ばれるとは思わなかった。
それでも今の僕は、昼間のことをどうこう言う気には、もうなれないのだ。
温泉とは、おそろしいモノである。
「えぇ、まぁそれなりに、ちゃんと観光して、遊ぶことが出来ましたよ。」
「それは良かった。そう言ってくれると、招待した甲斐があるってもんだよ。」
「よく言いますよ...。」
本当にこの人は、こういう心にもないことを、こうやって言うことが上手い人だ。
うっかりしていると、本当にそう思っているのではないかと思ってしまう。
うっかりしていると、そんな風に、僕は騙されてしまいそうになる。
だからそれだけは、注意しなければならないと思いながら、僕は目をつぶり、温泉の心地良さと潮風を感じながら、ゆったりと、湯船に揺られていた。
こうして僕の熱海観光1日目は、綺麗過ぎるくらい綺麗に、終了したのだ。
最初のコメントを投稿しよう!