3日目:荒木、相模(静岡支部でカウンセリング)

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3日目:荒木、相模(静岡支部でカウンセリング)

 『苦しい...痛い...熱い...』  息苦しさと熱が、まるで身体を覆うような、そんな感覚が襲ってくる。  『...私は...私は...』  何かを言いたくて、何かを誰かに伝えたくて、口を開こうとするけれど、身体を覆うようなその苦痛が、それすらも叶わなくしてしまう。  『...義成...さま』  その誰かの名前を最後に、意識は何処かへと、消えていった。  「荒木君、おい、荒木君!」  「...!!」  「おはよう、大丈夫かい、随分魘されていたみたいだけど?」  「...あぁ、おはよう、相模さん...」  「しっかりしてくれよ、今日は昨日も話した通り、朝早くから動くんだから。」  そう言いながら、浴衣姿の相模さんは、手元にバスタオルと着替えを一式持って、立ち上がった。  「じゃあ僕は、朝風呂でも行ってさっぱりしてくるから、その間に君はなるべく身支度を済ましておいてくれよ」  「...はい」  そう言いながら、僕が寝具から身体を起こすと、彼は部屋の扉を開けて、そのまま振り返らずに出て行った。  そして彼が出ていったことを確認して、僕は一度起こした身体を、もう一度寝具に戻す。  そして携帯の画面で時刻を確認すると、それは6:00を指していた。  「...はぇぇよ...バカ野郎...」  そんな独り言の呟きは、奥の部屋でまだ眠っている柊や琴音には聞こえることはなく、ましてや部屋を出ていった相模さんには聞こえる筈もなく、ただ単に、それは部屋の空気に混じって、消えていった。    一通りの身支度も済ませ、朝食もそこそこに、僕と相模さんは、異人組合の静岡支部に向かうため、一日目に熱海駅で僕達の前に現れた車の中に、今居るのである。  そう、今日はそこで、僕は異人としてのカウンセリングを受けることになっている(まぁ、知らなかったけど)。  「...なぁ相模さん、そういえば聞かされていなかったんですけど、カウンセリングって何をするんですか?」  車の中、僕は隣に座る専門家に問い掛ける。  「あーまぁ君の場合は簡単に言うと、午前中は採血とかの健康診断で、午後は質疑応答形式の催眠療法ってところかな~」  「えっ、採血って、僕思いっきりホテルの朝食食べちゃったんですけど...」  「あー別に構わないよ、僕らは君のコレステロール数値とか血圧とか、そういうモノに興味はないから。」  そう言いながら相模さんは、いつものような不敵な表情を浮かべて、そして続けて言葉を紡ぐ。 「僕らが興味があるのは、君が異人となったトリガーである、佐柳ちゃんから貰った血が、君の体の中でどうなったか、それが知りたいんだ。」  「琴音から貰った...血...?」  「そう、だから別に、君がどんなに暴飲暴食をしていようが、逆に飲まず食わずでいようが、僕らには関係のないことなんだ。だからまぁ、そこら辺は別に考えなくていいよ。」  「...そうですか、わかりました。」  そう言って僕は、視線を窓に向けた。  っというよりも、どちらかと言えば、僕は隣に居る相模さんから、視線を外したかったのだ。  この人はさっきから、『僕は』ではなく、『僕らは』と、そう言っている。  それは彼が、紛れもなく、異人組合の人間であることを表しているのだ。  だからきっと、いつもはふざけた大学生みたいな格好をしているこの専門家のおっさんが、そういう組織の人間だということを、そういう事実を、僕は認めたくないと、そう思うから...  だから僕は、彼から視線を外したのだ。  そんなことを考えながら、僕は窓の外を見ていると、あまりにも静かにし過ぎたせいか、今度は相模さんの方から話しかけてきた。  「...そういえばさ、今朝は随分と魘されていたけど、何か怖い夢でも見たのかい?」  唐突に話を振られて、僕は少し戸惑った。  けれどその直後、そういえば昨日も、そして今朝も、変な夢を見ていたことを思い出す。  だから僕は、それを相模さんに、そのまま相談した。  「えっ...あぁ、そういえばなんか、旅行に来てから、毎晩変な夢を見るんです。」  「ほぅ...それは一体、どんな夢なんだい?」  「あぁ...なんていうか...すごく悲しかったり、すごく苦しかったり...なんかそんな感じの夢です。」  「えーなにそれ、こわっ...夢の内容とかは覚えてないの?」  「あぁ...そうですね、内容は正直よくわからないんですけど...」  「けど...?」    「なんかうまく言えないんですけど、『見ている』というよりも、『体験している』って感じの夢なんです。」  「体験している?」  「はい、なんかその夢での苦しさとか悲しさとか、そういう感情ごと自分自身で体験しているような...なんかそんな夢なんです。」  「ふーん...そっかぁ...」  そう言いながら相模さんは、数秒間黙り込んだ後、いつものようにうっすらと笑いを浮かべながら、「まぁ、今日は良い夢が見れるといいね」と言った。  だからそれに対して、僕も「そうですね」っと、そんな感じの適当な返事をしたのである。  そしてその後すぐに、今まではずっと山の中だったのに、目の前に大きな建物が現れた。   そしてその建物には、意外なことにデカデカと、車の後部座席から見える程にデカデカと、「異人組合静岡支部」と、そう書かれていたのだ。  「なぁ、相模さん...いくらんなでもこれはどうかと思うんですよ...」  「あぁ、それは僕もここに来るたびに、常々思っていることだよ、荒木君。」  車でおよそ1時間というところだろうか...  山奥というか、森林の中といか、樹海というか、とにかくそんな様な所に聳え立つ建物の前で、「異人組合静岡支部」とデカデカと書かれた真っ白なキラキラと輝く建物の正面玄関前で、今僕と相模さんは、立ち尽くしていた。  その建物は白を基調とした高層ビルのような作りをしてるが、壁にはガラスなのか何なのか、光に反射することでキラキラと輝く何かが埋め込まれていて、それによって建物自体が光を帯びているような、そんな作りになっているのだ。  そして極めつけは、正面玄関とビル側面に作られた看板で、これには何も隠すことなく、看板のスペースを余すこともなく、『異人組合静岡支部』と、それはもう堂々と、デカデカと、書かれていたのだ。  隣に立つ相模さんが、呆れているような声で言う。  「なんかさぁ、いつも来るたびに思うんだよね~」  「何をですか?」  「こんな森の中に、こんな目立つ建物で、さらにはこの明らかにバランスがおかしい看板で...これじゃあまるで、場違い感マックスのヤクザの事務所にしか見えねぇよって...」  その相模さんの言葉に対して、僕は何時ぞやにやっていた、刑事ドラマかなにかを思い出しながら、相模さんに言い返す。  「いや、相模さん、今時のヤクザの方が、まだ外面はまともですよ。」    「あぁ、そっか...」  そう言いながら、相模さんは下を向きながら、嫌々というか渋々な感じで、足を前に進めた。  そしてそれを見て、隣の僕もその場違い感のある建物に向かって、歩みを進めざる負えないと、そう思ったのだ。  建物に入ると、中は外の様に奇抜な作りにはなってはいなかった。  しかしながら、それがどこにでもある様な内装をしているわけでもない。  入ってすぐの入り口近くに、札のような、御守りのような、そんなモノ達が壁に所狭しと、貼られていて、吊るされている。  それでいて、僕らが今居る一階のこの場所が、まるで病院の待合室のような作りをしていることから、何とも言えない気味悪さがあったのだ。  そんな感じの内装の作りに目を奪われていると、その建物の奥の方から、とても陽気な、それでいてとても妖気な、そんな声が、僕の近くに居る相模さんに、向けられた。  「あれ!?なんだなんだなんだ、誰かと思ったら、和人じゃねーか!!久しぶりだな~おい」  そう言いながら、履いているヒールの音を響かせながら、長く綺麗な青い髪を揺らしながら、耳に付けたピアスを揺らしながら、着ている白色のワンピースを揺らしながら、右手には小さなピストルを持ちながら、1人の若い女性が、こちらに近づいてきた。  そしてその奇抜という言葉の化身のような女性に、あの相模さんが、礼儀正しく、頭を下げて言ったのだ。  「ご無沙汰しています、下柳(しもやなぎ)さん。」  「おう、たしかに随分と久しぶりだな~和人、前に会った時はもう2年も前のことだから、流石にお前と何をしたかとかは覚えてねぇけどよ、それでもお前のその顔だけは、一応、忘れねえようにしているんだ。それに最近はなかなか忙しいらしいじゃねぇ~か、えっ?おい。」  そう言いながら、その奇抜な女性は、なめるような、品定めをするような、そんな不穏な視線で、相模さんを見つめている。  それはまるで、獲物を見定める蛇のような、獣のような、それでいて人間のそれとはかけ離れている様な、そんな目をしているのだ。  しかしながら相模さんは、下げていた頭を上げて、そして彼女に対して薄く笑みを浮かべながら、言葉を返す。  「そうですね、たしかに最近は、おかげさまで割と忙しくさせてもらってますよ。仕事は無いよりはある方が良いので、それに関しては特に不満もありませんけど、折角の旅行くらいは楽しみたかったなって、今はそう思っています。」  「ハハッ、それは違いねぇや、今度ウチのジジィに俺からそう伝えておいてやるよ。」  「えーそれは勘弁してくださよ、僕はまだ死にたくないんですから。」  その相模さんの言葉を聞いて、彼女はまた大きな口を開けて笑った。  そしてそこで、世間話的なそれは一区切り付いたのだろう。  その女性は、今度は僕の方を見て、そしてうっすらと笑みを浮かべて、口を開いた。  「ところで、そいつが今日、カウンセリングを受ける予定の奴なのか?」  「えぇ、そうです。」  そう相模さんが言うと、今度はその女性の瞳の対象が、相模さんから僕へと変わる。  そしてその視線が僕を捉えると、なぜだか内側を見られている様な、それでいて見透かされているような、そんな感覚に襲われる。  「ふぅーん...あぁ...なるほどな...お前、混じっているのか...へぇ、なかなか面白いじゃないか。」  「えっ...?」  その彼女の言葉に、僕が短く反応してしまうと、それに割って入るように、相模さんが口を挟む。  「下柳さん...あまり被験者を覗かないでもらえますか。それに一応これからカウンセリングなので、そろそろ彼を部屋まで案内しないと。」  そう言いながら相模さんは、何故だか少し鋭い目つきをしている様だった。  しかしその目つきに、その女性は満面の笑みで応える。  「そう硬いことを言うなよ和人~別にとって食ったりはしねぇよ、安心しな。それに、俺もこれから仕事なんだ、まぁだから、今度ゆっくりと話そうぜ。」  そう言いながら、その女性は「じゃあな」といいながら、そして相模さんの肩を軽く叩きながら、僕達の間をすり抜けるようにして、建物の外から出て行った。  そして彼女が外に出た事を背中で確認した後、僕は自分が信じられない程にびっしょりと、汗をかいていることに気が付いた。  そしてその汗が、いわゆる『冷や汗』というモノだと理解することは、そう難しいことでも、なかったのだ。  午前中に行われた検査は、相模さんから「異人のカウンセリング」と言われなければ、本当にただの健康診断の様なモノで、もしそれをそのまま「ただの健康診断だよ~」っと言われたとしても、きっと僕はそれを信用してしまっていただろう。  そう思えるほどに、本当に普通の、検査だったのだ。  しかしながら唯一普通と違う点があるとすれば、それはその各々の検査に立ち会う医療従事の方たちが、全員漏れることなく、異人の専門家であるということだ。  検査の内容は、体重、身長、座高、視力、聴力、歯、血液、問診、肺のX線検査などなど、これらの検査を一通り、医療従事が可能な異人の専門家達が監督、もしくは検査を執り行う。  だからなのかもしれないが、失礼ながら、立ち会う方々皆、白衣というモノが似合わず、『とりあえず着ている』という風に見えるのだ。  そしてそれらの検査を全て終らし、僕と相模さんは施設内の食堂で昼食をとりながら、午後のカウンセリングに備えていた。  しかしながら備えると言っても、僕が出来ることといえば、彼からカウンセリングが行われる場所を聞くことぐらいである。  だからそんなに、気負う必要もないのだ。  そして昼休みの後、僕は相模さんから言われた部屋に入った。  その部屋はこの施設の中で唯一、襖と畳の部屋で、相模さんから言われた通り、とてもよく目立っていた。  「あのー失礼しまーす」  なるべく小さな声で、しかし相手に伝わる様な、そんな声で襖を開けると、中には一人の、袴姿の、年齢はおそらく80くらいの老人が、正座をしながら、お茶を啜りながら、座っていた。  「あぁ、来なすったかー、どうぞこちらへ」  そう言いながらその老人は、僕を彼の正面に置いてある座布団に、手で促す様な仕草をみせる。  「あぁ、はい...失礼します。」  そしてその彼の言葉に、っというよりもまさか、こんなに年上の方がカウンセリングをするとは思わなくて、僕は少し戸惑いながら、彼の言葉に応えた。  そしてそのまま、彼が促した方に、僕も正座で座る。  そうすると、目の前のその老人は、ニッコリと優しく笑いながら、僕に言葉を掛けた。  「いやぁ~まさかこんな年寄りが、異人のカウンセリングなんかやるとは、お前さんも思わなかったでしょう?」  「あぁ...はい、まぁ、少し驚いています。」  「そんな硬くならなくていいよぉ~ちょっとばかし年寄りと、茶でも飲みながら、世間話でもしましょうや」  そう優しく言いながら、その老人は近くのお盆の上にある急須から、お茶を小さな湯飲みに注いで、僕に渡した。  「はぁ...いただきます。」  そう言ってお茶を一口飲むと、自然と心がほどける様な、落ち着くような、そんな気持ちにさせられるような、今まで味わったことがない味だった。  「美味しいですね、これ...」  そう僕が言うと、その老人はまたニッコリと笑って、僕に言葉を返した。  「んだろぉ?静岡のお茶は他とは違うんよ~それに儂がいれたんだから尚更じゃ~年季がちがうわい。」  その彼の笑いながら自慢げに言う言い方に、なんとなく懐かしさを感じて、僕は思わず笑いながら応えた。  「たしかに、そうかもしれませんね。」  「おぉ、やっと笑ったの~」  「えっ?」  「お前さん、さっきからずぅっと、まるで神経をすり減らした顔をしとったからの~」  「...そう、ですか...?」  「あぁ、そうだとも。まぁ自分じゃわからんことだし、それに周りから『お前さんは今、そんな顔をしているよ』なんてわざわざ言う人も居らんじゃろ。特に異人となれば尚更じゃ。そもそも自分が異人であることを隠す奴の方が多いんじゃからな~」  そう言いながら、その老人はお茶を啜る。  「たしかに...そうですね...」  そして僕は、その彼の言葉に、視線を手元のお茶に向けながら、ただ心から同意を示していた。  自分がもう人間ではないことを、そんな誰にも話せない様なことを、ずっと抱えて生きていく自分に、少なからず不安を感じていたことを、僕はこの時、やっと本当の意味で、自覚したのかもしれない。  「そう、だからお前さんの様な奴の話を聞くのは、儂みたいな老いぼれが適任なんじゃ。」  その彼の言葉で、僕は今まで下がっていた視線を上げて、彼の優しそうな視線を見つめた。  そしてそんな僕を、ただジッと、優しそうな視線で見つめながら、彼は言うのだ。  「どれ...それじゃあ、始めるかの~」  その優しそうな言葉が、カウンセリングが始まる合図だとは、このときの僕は不覚にも、気付けなかったのだ。  そこから、僕とその老人は、ただ淡々と会話をしながら、お茶を飲みながら、カウンセリングを進めていった。  しかし形式は質疑応答なので、彼が質問して、僕がそれに対して応えるという形で、たまに休憩を挟みながら、時間は経過していった。  僕が置かれた境遇や体験、異人になって感じたことや、思ったこと、それらを全て、僕は彼に伝えた。  ちなみに休憩時間中は、部屋の隅に置いてあった囲碁盤と碁石で、『五目並べ』なんかもして、遊んだ。  結果は7戦程やって僕の全敗である。  いや、いくらなんでも強すぎるだろ、老人よ...。  そうこうして、ようやくカウンセリングの全てが終わるころ、気付けば時刻は夕方を通り越して、夜の6:00を指していた。  「それじゃあ、これでカウンセリングは終了じゃ」  そう言いながら、老人は僕の湯飲みと自分の湯飲みをお盆に戻した。  「はい、いろいろと、ありがとうございました。」  そう言いながら、僕は深々と頭を下げて、その畳の部屋を出ようと、立ち上がり、襖を開ける。  すると後ろから、何かを思い出したかのように、老人は声を掛ける。  「あぁ、そうそう...」  「はい?」  「これはまぁ、老いぼれからの余計な一言だと思って聞いてくれてかまわんのじゃがな...」  「...」  「お前さんは少なくとも、大半は異人なんじゃ。ほとんど異人でちょびっと人間。だからそんなお前さんが見るモノや、感じるモノに、他人から共感を得ることは、さぞ難しいことかもしれん。しかしそれでも、腐ってはいけないよ。少ないにしても、お前さんも人間なんだからの~」  「...はい、本当にありがとうございました。」  その言葉を最後に、僕はニッコリと優しく笑う老人に、再び頭を下げながら、その部屋を後にしたのだ。    それから施設を出ると、行きの時にお世話になった運転手さんが待っていて、そしてどうやら相模さんは、何か他の調べモノがあるとかで、僕は一人で、その運転手さんが運転する来る車に乗り込み、僕は山道に揺られながら、一人で旅館へと戻ったのだ。  そして部屋に戻ると、何やら騒がしい声が聞こえたので、きっと柊と琴音も帰っているのだろうと、僕は部屋の奥に入って行った。  「ただいまー」  「あら、おかえりなさい。」  「あぁ、おかえりー」  2人とも僕には目もくれず、何やら写真に夢中のようだった。  「なんかたのしそうだな~、それ今日の写真か?」  写真を手に取りながら、僕は彼女達に言った。  「そうよ、今日は琴音ちゃんと、トリックアートの展示を見てきたの」  「すげぇ~楽しかったぞ~、小夜ちゃんも私も何回か絶叫した程にな!!」  そう言いながら、目を輝かせる琴音と、それを見ながら笑う柊。  まるで片方がもう片方に飛び蹴りを喰らわせたことなど、忘れたような感じだった。  この二人、今日一日でこんなに仲が良くなったんだな~なんかすげぇわ。  そう思いながら、散らばった写真を見ていると、僕はあることに気が付いた。  「あれ?そういえば今日は、若桐は一緒じゃなかったんだ。」  そう、あの着物姿の可憐な女の子が、写真の何処にも、見当たらなかったのだ。  「えっ?」 その僕の言葉に、琴音は普通に疑問符を浮かべるように、そう応えた。  「いや、だから若桐だよ。この旅行に来て、僕等を色んな所に案内してくれただろう?」  「...」  黙り込み視線をお互いに合わせる柊と琴音、それはまるで、僕が言っていることが理解出来ていない様子だった。  まぁでも、若桐には若桐の予定もあるわけで、それで今日はたまたま、彼女達に同行していないのだろう。  流石に連日で、何日も彼女の予定が空いているわけではないのだろうし。  そう思った僕は、それを彼女達に言おうと、口を開きかけると、彼女達はまったく、同じタイミングで、しかし自分達のキャラ付けを示すような口調は変えないで、僕をまっすぐに見ながら、言った。  「荒木君、あなた...」  「誠、お前...」  まるで、あつらえたように、揃えながら…  「一体誰の話をしているの?」  「一体誰の話をしているんだ?」    その彼女達の言葉の方が、僕には到底、理解し難い、モノだった。    
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