漆の船

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漆の船

「あれ、舟…?」 島の舟はみんな反対側の浜にあったはずだ。漁の舟ならこんなところには置かない。魚を運べないから。岩場を降りて、近づいて見るとやっぱり舟だった。横倒しになって、少し砂に埋まっている。棄てられたのだろうか。見たことがない舟だった。漁の舟よりも幅が広く、全身真っ黒な漆塗りで、縁だけ白い。すごく……カッコいい。 こいつの全身を見てみたくなった。中に砂が入っていて重たいが、壊れてはいないようだ。砂を掻き出したら、軽く傾けることができた。力任せに縁を持ち上げる。小さなカニや貝と一緒に、埋まっていた舟の片側と、櫂が一本出てきた。 「おぉ…」 全身を現した舟は、やっぱりカッコよかった。船腹に、見たことのない模様が白で描かれている。文字…かもしれない。 「誰のだろ…?」 棄てたのならもらっていいだろうか。でも勝手に海に出したら怒られるだろうか。 舟の中に寝っ転がり、考えを巡らせる。ビー玉より上等なお宝を見つけて、濁った空の下でおいらは上機嫌だった。ふと海を見ると、貝が波打ち際で転がっていた。潮が満ち始めている。水がここまで来るはずだ。 慌てて舟を押したり引っ張ったりして、どうにか水が来ないところまで運んだ。 もう空がむらさき色だった。来たときと同じように、足場が悪い岩場を登って、帰り道についた。砂と汗でぐっしょりだったけど、疲れはなくて、むしろ走り出したいくらいだ。あの舟のことがずっと気になっていた。 夕食は酢蛸だった。おいらは足を一本、まるごと食べるのが好きだ。くるくるに丸まったタコの足は遊び甲斐がある。でもあんまり食べ物で遊ぶと、ばあちゃんに叱られるからほどほどにする。 「こら、口から出さないで食べなさい」 「へいへーい」 欲張ったら噛み切れなくて、一息に呑む羽目になった。喉に詰まる… 「バカだねぇ、あんたは」 母ちゃんは呆れて背中を叩いてくれた。その間も、あの舟のことが気になって仕方がなかった。 「なぁ、じいちゃん」 母ちゃんとばあちゃんに追いやられて、ご飯をもぐもぐしてる、じいちゃん。 「なんじゃ?」 「漆の舟って、あるんか?」 「はぁ…漆の舟?漁船でか」 「うん。この島に、黒い漆の舟ってある?」 じいちゃんは首を傾げながらご飯を呑み込んだ。 「漆の舟は見たこたねえな。漆は高いからな。なんだおめえ、そんな上等な船さ欲しいんか?」 「いいや、別に。じゃあ、島に漆の舟はないんだな?」 「たぶんな」 じいちゃんはタコをもぐもぐし始めた。あれは島の誰かが捨てた舟ではない。とすると、どこからか流れてきたのか。それなら、もらってもいいだろうか。 「ちゃんとワカメも食べなさいよ」 「へいへーい」 ワカメの小さいのを探して、ご飯に埋めた。一緒に食べるんだ。 「うおっ!!」 もう一本タコをつまもうと箸を伸ばしたとき、口からタコ足がはみ出したじいちゃんがむせ始めた。ばあちゃんは慌てて背中をさすっている。おいらは知らん顔をして、箸を引っ込めた。
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