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親子
空気がいよいよ熱くなってきた。ついに明日から海閉めだ。遠くの海でも一緒で、島の住民は海にいてはダメなのだ。だからこの時期、春から遠くに漁に出ている父ちゃんが帰ってくる。それはちょっと楽しみだ。
海閉めの何日も前から、母ちゃんは浜へ出て父ちゃんの船が来ないか海を眺めていたのに、父ちゃんは今朝一番に帰ってきた。母ちゃんはまだ寝てる。
「帰ったぞ〜、今年も大漁大漁〜!」
「母ちゃん母ちゃん、父ちゃんだよ」
戸がガラガラと開いて、父ちゃんの黒い大きな影が光の中に切り出される。まだ目がぼやけている。大漁と言った通りに、父ちゃんは玄関にいきなり魚の入った籠をぶち込んだらしい。潮の匂いと魚の生臭いのが鼻に強烈に入ってくる。
「おかえり〜!」
「元気にしてたか〜!ま〜た真っ黒になったなあ〜!!」
「おう!」
父ちゃんはおいらの頭をガシガシ撫でて、顔を覗き込んだ。
「ちっと背が伸びたか?」
「な〜に言ってんだよ伸びてねえよ。それよりなあ、マグロとれた?おいらマグロ食いたい!」
「マグロはな〜、お前よりデカイのが捕れたぞ!」
「ほんと!?どこ!?」
「市に出しちゃった」
「えー!」
話しているうちに、家族が集まってきた。
「タツオ、無事帰ったねえ」
「おふくろもおやじも、達者だったか」
じいちゃんもばあちゃんも嬉しそうだ。
「アヤセ〜!!会いたかったぞ〜!!!」
父ちゃんは起きてきたアヤセ…母ちゃんを見つけるなり走り寄って抱きしめた。
「ちょっと……魚さばいてきたばっかでしょう…生臭いって…」
「あ〜あ、お熱いねえ」
「お前も!!混ざるんだよ!!」
父ちゃんは片手で母ちゃんをがっつり確保して、もう片手でおいらを捕まえて力一杯ぎゅーっとした。もう締め上げるに近い。
「ぐるしっ、ぐるしっ!!」
父ちゃんが一人で勝手にがっはっはと喜んで、毎年お決まりのただいまとおかえりの挨拶は終わった。
そのあとはみんなで魚の下拵えをした。今年は三番目に大きな魚をやらせてもらった。昼頃にショウジといっちゃんが来て、魚の頭を欲しがった。
その日は父ちゃんと母ちゃんと一緒に寝た。久しぶりだったから嬉しかった。どういう流れだったか、おいらが二人のどっちに似ているかという話になった。父ちゃんはおいらの頭を撫でた。
「お前の髪は青くて綺麗だなあ。アヤセそっくり」
母ちゃんはおいらのほっぺを撫でた。
「葵の目は赤くて綺麗だね、タツオに似てる」
両側から撫でられて照れくさい。二人の子供だから、おいらの髪の色も、目の色も普通に思えたが、父ちゃんと母ちゃんのお互いが好きなところがおいらに「いでん」したことが嬉しかったらしい。
「愛の結晶ってヤツだよなァ!」
「お熱いねえ」
「あんたも混ざるのよお!」
ばーちゃんの前では嫌がって見せても、母ちゃんも大概、父ちゃんが好きなのだ。
「なあなあ、父ちゃん。おいらも赤い耳飾りが欲しいな。じいちゃんは黒だよな。それどこで売ってる?」
父ちゃんが笑いながら言った。
「これは売りモンじゃねえんだぞ〜。おまけに黒の方が上等だ。まあ、俺は何色でもいいと思うんだがな。族長が顔を見てくれるんだよ。だから何色をくれるかは分からない」
「族長って、的場のじいちゃん?」
的場のじいちゃんはこの島の村長のじいちゃんだ。甘酒が大好きでおいらにもよくくれる。
「いいや、的場の爺さんは違うなあ。俺たちの族長さんは外の海越えたとこの都にいるんだよ。お前も、大人になったら行くんだぞう」
「大人になるって、いつだよお」
「この可愛い歯が生え変わったらだよお〜」
父ちゃんはおいらのほっぺを掴んで頭を振った。がっはっはと笑う父ちゃんの口には、二対の大きな牙がある。
「もう寝なさい。タツオと葵は明日、朝市に行ってもらうからね」
母ちゃんの声は昨日よりも嬉しそうだった。
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