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マグロとカジキ
夏の市は島で一番大きい東の桟橋で開かれる。まだ暗いうちに、父ちゃんが捕ったマグロを見に行った。桟橋には松明の明かりしかないが、もう何人か市の準備を始めていた。マグロは尻尾を縄で縛られて、桟橋の根本のみんなに見えるところに吊るされていた。
「あれだな父ちゃんのマグロ。買えないかなあ」
「みんなで捕ったんだけどなぁ。あれは今回の漁で二番目に大きい魚だから、島中で分ける分だよ。夏だから刺身かねえ。煮ても焼いても旨いな」
「一番は?」
「ほら、あのカジキ。ミコさんが捕ったやつ」
カジキは台に乗せられていた。クチバシが長いから吊り下げられないようだった。ミコさんは、ショウジといっちゃんの母ちゃんだ。
「潜って獲るの?」
「そうよお。船で待ち伏せしてなあ、海へ飛び込んで、銛で脳天を一突きだぜえ。毎度のことだけど、見てる方がおっかねえよ」
しかもその銛はカジキのクチバシで作られてるんだよ、と父ちゃんは付け加えた。カジキの頭にはざっくり貫かれた傷があった。ミコさんはおいらよりちょっと背が高いくらいで、体も頑丈そうには見えない。ちょっと見た感じは、少し年上のお姉さんに見えるくらいだ。おいらが仮に父ちゃんくらいに大きくなったとして、これと海の中で渡り合えるだろうか。船の上で、カジキが来るのをじっと待つ。カジキが船の横をすり抜ける瞬間、海に飛び込んでためらわずにカジキの頭を貫く。飛び込むのが早ければ自分がこの長いクチバシに貫かれる。半端に傷つければ、怒ったカジキに襲われるかもしれない。カジキの方もいきなり仲間のクチバシで頭を刺されてあの世行きとはお気の毒だ。おいらもいつか、ショウジやいっちゃんと船に乗るのだろう。やつらも、カジキを一突きで仕留めるのだろうか…
「おいらもカジキ、獲れるようになるのかな…」
「心意気はいいがやめとけえ。あんな捨て身の漁はミコさんの専売特許さ。俺らはもちょっと、堅実なやり方があんだよ」
父ちゃんはそう言うけど、おいらなら大人になったらカジキを捕れると思った。漁に出たことはないが、海の中でショウジに負ける気がしなかった。
日が登って市が始まった。夏の市はお祭りも兼ねているから、島中から住人が集まって一等活気がある。ショウジといっちゃんもミコさんと一緒に来た。件のマグロとカジキは解体されて、島中に振る舞われた。おいらはマグロの赤身を三切れもらった。
「なあ、ミコさん、あのカジキ捕ったんだってな。ショウジ、出来る?」
「さあ?でも母ちゃんに出来るんだから、おれにだって出来るさ、たぶん」
「ほんとかよお」
ショウジが鯛の頭にかじりつきながら言う。いっちゃんが傾いたショウジのお皿をそっと直した。
「母さん、マグロ釣りはできないって言ってたよ。生きてるうちに力比べするからさ。カジキも銛で突いたらあとは、あおちゃんのお父さんたちが引き上げてくれるんだって。だから」
いっちゃんはショウジが残した鯛のエラをつまんで食べた。おいらは話の続きを待った。いっちゃんはのんびりともぐもぐして飲み込んだ。
「ショウちゃんもあおちゃんも、得意なほうでやればいいんだよ」
いっちゃんは自分の鯛の頭をショウジにあげて、ショウジが下手くそに食べた残りの骨を自分のお皿にさらっていった。
「くれるの、にいちゃん!?」
「ショウちゃん頭好きでしょ。ぼくは骨の周りが好きなの」
いっちゃんはツウなのだ。苦いところも平気で食べる。おいらは身が一番好きだから、ショウジたちと食べ物の喧嘩はしたことがない。おいらはでっかいマグロを捕って赤身をたらふく食べられれば満足だ。カジキが捕れなくても問題ない。
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