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「…それじゃあ尊さん、悠夏さんに“あの話”を…」
私が呆然としていると、沙奈恵さんが待ちきれないと言わんばかりに尊さんに声をかけた。
とたんに尊さんの表情が柔らかくなる。
「そう急かすな沙奈恵。」
「だって、あれは女性なら誰だって心躍るものですもの。早く悠夏さんに見て頂きたくて、」
「わかったよ。」
尊さんはふっと静かに笑うと、ぎゅいんっっと真顔に戻って私の方を見た。
「先程母が口走ってしまいましたが、我が家には家宝の白無垢があります。代々、二条家に嫁入りするもの、もしくは二条家の娘が婚姻の際に身に着けてきました。
もちろん、悠夏さんが洋装がいいというなら無理強いはしませんし、和装でも自分で好きな白無垢を着たいということであれば、別に着なくても大丈夫なのですが、一目見て頂きたく。
気に入っていただければ、響との婚姻の儀の際にぜひ着て頂きたい。」
し、白無垢…?
突然の申し出にどうしていいか分からなくて、恐る恐る二条先生の方を見る。
先生はコクリと頷いた。
「身内の私がいうのもなんですが、一見の価値はあります。目を見張るような代物です。」
め、目を見張る…?
和装にするか洋装にするかとか、まだ全然考えてなかったけど、そうですよね、ここ呉服屋さんですもんね、そりゃそういうの敏感ですよね。
「ではぜひ…」
私がおずおずと言うと、誰よりも早く沙奈恵さんが立ちあがった。
「でしたら早速見に行きましょっ。衣紋掛にかけて準備してありますの。本当にうっとりするようなお着物で、」
「こらこら。悠夏さんが驚くから。」
尊さんがぽんっと沙奈恵さんの肩に手を置いて、ようやく沙奈恵さんの口が止まった。そして、ポポポッと頬を染める。
「やだ、ごめんなさい…私、興奮してしまって。でも本当に素敵ですから。」
白無垢も楽しみですけど、この夫婦のやりとりも尊い。なにこの品のいい夫婦。この夫婦の弟が二条先生っていうのが信じられない。(失礼)
私達は廊下を渡って、大きな部屋の前に到着。風景画の描かれた襖の引き手に手を添えて、沙奈恵さんは本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。
「それではじっくりとご覧くださいませ。着物のご説明は私がさせていただきますね。」
ススス…と静かに開かれた襖。
その広い部屋の中央に、輝くような白無垢が鎮座していた。
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