2人が本棚に入れています
本棚に追加
デスゲーム開始のくす玉が割れる
これはデスゲーム風の男女強制出会い施設に閉じ込められた者達の物語だ。
―――――――――――――――――――――
ぶうううううん。
胸に響く重低音で牧瀬信正の意識は浮上する。
「……(ここは?)」
牧瀬は鈍い痛みが走る頭を押さえながら辺りを見渡す。
目覚めた場所は白に囲まれた部屋の中だった。壁や床、天井が一切のムラなく白一色に染まっている。所々浮き彫りになっている独特の模様が能面に見え、牧瀬の痛みが引いた頭に追撃を加える。近くには同じように倒れている男女が五人いる。
「……(なんだこれ)」
牧瀬は首に違和感を覚え触る。触った指に武骨な感触が走り、眉間に皺が寄る。何とか居座る異物の正体を見ようとするも視界に入ることはない。懸命に指先を走らせ感覚を研ぎ澄ませる。
その正体は首輪型端末だ。
牧瀬の喉仏前に小型のモニターがある。サイズは縦一センチ、横三センチほど。画面には何も映っていない。彼は首との僅かな隙間に指を入れ外そうとするもビクともしないのですぐに指を引っ込める。無理やり外そうとするのは危険だと、本能が警告する。
デスゲームなら即刻ルール違反でドボンだ。
「……(ま、まさか)」
牧瀬は未だに信じられないでいるが、状況は酷似している。
「うぅ……うう」
その時、うめき声と共に一人が目を覚まし、それに続くように残りの者たちも目を覚ます。目覚めた後の反応は皆牧瀬とほぼ同じだ。ギャル風の女性、メガネ姿のオタク系男性、仏頂面の寡黙男性、二の腕たくましい熱血漢、おさげ髪の控えめ女性……外見における共通点はないといっていい。ちなみに牧瀬は一般的な男性。これといった特徴はない。
『皆さん、お目覚めですね』
天井近くのスピーカーから声がした。ビクッと体を震わせる控えめ女性。牧瀬もお決まりの展開にいよいよ覚悟を決めざるを得ないと内心思う。
これはデスゲームだ。
アナウンスをした首謀者からルールが提示され、それに従って命を懸けたゲームを強いられるのだ。逆らったら死……牧瀬はごくりと唾を呑む。
『では隣の部屋へ移動してください』
声の後、壁の一部がスライドし開く。突然のことに六人は驚きを隠せない。
『さあ、移動してください。……さあ』
不気味な余韻が部屋に満ちていく。
「ふっ……」
立ち上がったのは寡黙な男性。余裕ともとれる表情で開いた扉に向かう。
まるでこのゲームの参加経験があるかのようだ。
「ちょ、待ってってばあ!」
こいつについていけば有利になる、そう判断したギャル風の女性が後に続く。さらに他の者も次々に扉に向かっていく。
「……くそ」
牧瀬は最後尾で首輪のモニターを一目見ようと懸命に無駄な努力を続けている。彼が部屋を後にして扉はスライドし閉じられる。
「移動しましたね……ではルールを説明します」
ついにデスゲームのルールが説明されようとしている。しかも首謀者は律儀に隣の部屋で牧瀬らを待ち受けていた。
「…………」
牧瀬は唐突な首謀者登場に首を傾げる。
普通、デスゲームの首謀者は姿を現さないものではないか。
例外もある。そんなデスゲームもあった気がする。もちろん漫画やアニメの話だが。それにしてもお面とか被り物とかで素顔を隠していた気がするが、
「その前に……ようこそ、我が楽園へ」
目の前の首謀者は思いっきり素顔を晒してしまっているではないか!
色白で額がやけに広く、黒縁の眼鏡をかけた中肉中背の男性だ。紺のスーツ姿で水色のネクタイをしている。まるで結婚式の司会を任されそうな清潔感に溢れている。
デスゲームの首謀者には見えない。むしろデスゲームに巻き込まれる人材だ。
「…………」
牧瀬らは言葉を失っている。牧瀬はちらっと横に立つ控えめ女性の横顔を見る。細い目が真っ直ぐ首謀者を捉えている。
「この楽園で、皆さんにはちょっとしたゲームに参加してもらいます」
ついに始まったルール説明。牧瀬の視線も首謀者に釘付けになる。先頭に立つギャル風の女性も口に手を当て硬直している。その横の寡黙な男性は……、
「……ふっふふ」
か細い声で笑った。
首謀者が自らの首に手を当て牧瀬らの首についた端末についての説明を開始した時だった。
「ゲッ、ゲゲゲ……ゲームだとお? ふざけるな! やってられるかバカたれ!」
ついに一同の静寂が破られる。
しかしデスゲームでの参加拒否は即刻死と相場が決まっている。
牧瀬の予想ではオタク系の男性だ。オタクならこういうシチュエーションも網羅していそうだが。というより現実で起こったら誰だって取り乱す。牧瀬も内心では叫び出しそうで冷や冷やしていた。
しかし牧瀬の予想は意外な形で外れることになる。
「俺はきょ、拒否する! はやくここから出せ! こんな首輪あああ!」
先程からモブキャラのように取り乱している人物、それは先頭に立ついかにも参加経験あります的な笑みを浮かべていた寡黙な男性だった。
「…………(いや、お前かよ)」
牧瀬は内心で毒づく。てっきり経験者としてリーダーシップを発揮してくれるかと思いきや、あっさり喚き散らし必死で首輪を取ろうとしている。先程の笑みは余裕からではなく恐怖からだったらしい。見た目ではわからないものだ。
「そうですか……では、ルール違反で『嘆きの間』に行ってもらいましょうか!」
嘆きの間……一体何をされる場所なのか思案しているとき首謀者の背後の壁が先程のようにスライドし二人の屈強な男性が姿を現す。突然のことに牧瀬らは取り乱す寡黙な男性から距離を取る。
屈強な男二人は体型に似合わない素早い動きで寡黙な男性の肩を掴み無理やり歩かせる。すると別の壁の一部がスライドしその奥へ三人は消えた。扉は先程と同じようにスライドし閉じる。
「さあ……彼の今後がより良くなるように、祈りましょう」
壁の一部がモニターとなり寡黙な男性が連れていかれた『嘆きの間』の様子を牧瀬らに見せる。デスゲームでいう、見せしめだ。ルール違反者の惨たらしい最期を生存者に見せ対抗心をへし折る悪趣味な芸当。牧瀬は自らの無事を祈るので手一杯だ。
『うおおおお! ここから出しやがれえええ!』
寡黙な男性は壁をしきりに叩く。その武骨な音がマイク越しに牧瀬らの鼓膜を揺らす。
「いや……いやああ」
耐えかねて控えめ女性が膝を折りその場に座り込む。
「嘆きなさい」
首謀者の合図がして、マイク越しに何かが爆ぜた音が牧瀬らの恐怖心を逆撫でする。
首輪が爆発したのだ。無理に外そうとしたから内蔵された爆薬が爆ぜたのだ。屈強な男二人は処刑を見届け死体を片付ける冷酷な執行人なのだ。
「え?」
牧瀬はモニターを見て目を丸くする。
爆ぜたのは首輪ではなく天井付近のくす玉だった。
部屋中に舞い散ったのは寡黙な男性の鮮血ではなく、くす玉から溢れた札束の吹雪だった。
「はあああ?」
ルール違反者の首輪が爆発せず代わりにくす玉から札束が舞い散るデスゲームなど前代未聞だ。どっちが脱落者かわからない。
「くっふふふ」
首謀者の不敵な笑い声。一体何に笑っているというのだろうか、間髪入れずに続ける。
「あなたは未来の幸福を探求する代わりに偽りの幸福をしばし味わう選択をした。それ即ち死と同義」
牧瀬らの脳裏をよぎるクエスチョンマークの嵐。
『は……え?』
寡黙な男性も状況を理解できず唖然としている。すると彼の首輪が軽快な音とともに外れた。それは床に落下し音を立てる。徐に近づき拾い上げる屈強な男の片方。
『嘆きの間』に光が差し込む。それが下界に繋がっていることは想像に難くない。思わぬ光に目を背ける寡黙な男性。
「さあその敗者の証をもって去りなさい。そして自分の愚かさを嘆きなさい。あなたにはもう、ここにいる資格はありません」
『…………い、いいのか?』
寡黙な男性は一万札を踏んづけていたことに気づき慌てて足をどけるも、至る所に落ちているそれを踏まないようにすることは困難だ。
「はやく消えなさい! 敗者! 愚か者! カネの亡者め!」
突然罵詈雑言を浴びせる首謀者。カネをばらまいたのは本人である。その豹変ぶりに牧瀬らは驚きと戸惑いの表情を浮かべる。やがて寡黙な男性は屈強な男二人に突き飛ばされるようにして部屋を後にする。その手にはいくらかの一万円札を握りしめていた。
「さて……」
首謀者がモニターから牧瀬らに視線を移す。依然緊張感は拭えない。普通のデスゲームではないことは明らかだから。ある意味、得体が知れない点ではスタンダードを大きく凌駕している。
「皆さんは……続行されますよねえ?」
ねちっこい言い方。全員を品定めするように粘着質な視線が向けられる。
「…………(帰りてえ)」
本音を言えば全員がそう思っていた。
それもそうだ。意味不明なデスゲーム(?)に参加しないで現金が手に入るのだから。しかし誰もそう言わなかった。現金が欲しくないわけじゃない。
それは使命感のようなもの。
内なる自分が叫ぶのだ。『ここで逃げたらダメだ』と。どうしてそう思うのか、それを説明できる者はいない。
沈黙を了解と受け取った首謀者が続ける。
「では改めてルールを説明します。
何となくわかるかとは思いますが、首輪を無理やり外そうとすると即刻ゲームオーバーです。今から皆さんにはこの施設内で一週間生活してもらいます。皆さん以外にも多くの方がこの施設で生活しています。制限期間以内に『グッド値』を獲得して下さい。
『グッド値』とは信頼関係の度合いを数値化したものです。施設で生活する中で他の人と信頼関係を結べると蓄積されていき、規定値以上を獲得された時お互いを今後の人生を共に歩むことが出来る『パートナー』とみなし、この施設から出ることが出来ます。
一週間後、パートナーが見つからなかった場合、その数値に応じた賞金を獲得し施設を後にしてもらいます。パートナーが見つからない点においては先程の愚か者と同じです」
このデスゲーム、パートナーを見つけるゲームらしい。
世の中には色々なデスゲームがあるのだなと頷く牧瀬。
「ようこそ楽園へ。皆さんにとってのアダムとイヴが見つかることを心よりお祈りしています。出会いはもう――」
そして壁の一部が開き、眩い光が差し込む。
「始まっているのだからっ!」
最初のコメントを投稿しよう!