閉鎖された楽園

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 牧瀬は内心焦っていた。  二十歳後半に差し掛かっているのにまともに女性と話したこともないからだ。このままではパートナーが見つからずに施設を追い出されてしまう。『グッド値』も貯まらないから賞金もゼロ。 「…………(適当に過ごせばいい。なに、命を取られるわけじゃない)」  ゲームの舞台はいくつかのエリアに分かれている。  首謀者に案内されてきた場所はラウンジになっていた。大勢の古参メンバーがテーブルを囲んでいたり、バーカウンターで甘い時間を過ごしている。まるで婚活パーティ会場のようなエレガントな雰囲気が漂う。参加者全員が首輪をしている点だけがこれがデスゲーム(?)であることを主張している。 「まあ新規の方たちよ!」  入室するなり牧瀬らは一部の古参メンバーに囲まれた。彼らは出会いに飢えている。牧瀬らは檻に投げ込まれたエサの如く全身隅々まで品定めされる。  社交性と見た目は比例しないものだ。  オシャレとは言えない格好のオタク系の男性は早速話が合う女性たちと好きなゲームの話をしている。黄色い声が飛び交う。  ギャル風の女性は早速ホスト風の男の肩を抱くとバーカウンターの方へ行ってしまった。カウンターはセルフサービスになっていてホスト風の男が酒を準備し出す。  熱血漢の男性はお得意のオーバーアクションで場を盛り上げる。同じような古参メンバーと意気投合し合コンをするという屋内プールに向かう。  おさげ髪の控えめな女性はオドオドするばかりだったが、彼女に興味をもった紳士的な男性が声をかけることで少しずつだが笑顔を見せるようになった。 「へえ、音楽好きなんだ。僕も大好き。ロックとかすっごい聴く」 「わあ! 私もです! どんなロック好きですか?」 「えっとね、特に好きなのは『ブルー・デイ』かな」 「わわ! ブルーデイ私も好きです!」 「ほんと? 洋楽好き周りにいないから嬉しいな! あ、僕河崎友一っていいます」 「あ、私は喜美山まなかです」 「喜美山さん、よろしく。あの、ここ音楽聴ける場所があって、よかったらどう?」 「はいっ! ぜひ!」  おさげ髪を嬉々として揺らしながら喜美山まなかと川崎友一が去った後、牧瀬は途方に暮れていた。  彼にもチャンスはあった。  品定めにきた中で牧瀬にいくつか質問をした女性がいたのだが、彼は曖昧に頷くばかりで会話が常にブツ切り状態だった。いくつかの質問の後、女性は挨拶もせずその場を後にしてしまったのだ。その会話を聞いてか聞かずか、彼のオーラを感じた周囲の人たちは瞬く間に距離を取り始めた。こうして彼は開始早々、孤立してしまったのである。 「…………(はあ、一週間か)」  牧瀬はとうに諦めている。  この際、愚か者でもなんでもいい。命を取られるわけじゃないのだから。  ラウンジから三つのエリアに行くことが出来る。それぞれ書斎、アスレチックエリア、フリースペースの三つだ。  書斎は漫画や小説など多くの書物があり本好きの出会いのスポットになっている。アスレチックエリアは体を動かす人たちの憩いの場で、フリースペースはテーブルゲームや食事など自由なイベントの開催に役立っている。  牧瀬は何となく書斎に向かった。唯一と言っていい趣味が本を読むことなのだ。書斎に入って感じた本のにおいに人心地つき、本棚を眺める。 「……(あ! これ新刊じゃん)」  ゲーム参加前、読んでいた漫画の新刊を見つけ手にとる。何冊かの漫画をもって席につく。牧瀬と同じように漫画や小説を読んでいる者は多い。少し離れたトークエリアでは持ち寄った本を紹介する読書会が開かれている。  牧瀬は一心不乱に漫画のページに目を落とす。なるべく視界を狭くし集中できるようにした。完全に『話しかけないでオーラ』が彼を覆っている。黙々と読むのみなので出会いの欠片もある筈がないのはもはや必然的だった。  結局、初日に牧瀬が獲得した『グッド値』はゼロだった。書斎に籠って一心不乱に読書をしていただけなので当然の結果だ。
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