2人が本棚に入れています
本棚に追加
のどかな河川敷を一人の女子高生が歩いている。
寒さも厳しさを増し、首に巻いたマフラーの僅かな隙間から風が入り込み思わず身震いする。彼女は下がっていた紺のハイソックスを上げ、足早に帰路につく。
河川敷では少年野球チームが練習をしていて、威勢の良い掛け声が聞こえてくる。遠くの高架橋を多くの車が行き来している。
「……(あっ!)」
その時、早歩きしていた彼女の脚が止まった。
目の前の道を歩く一人の男子生徒。すらりと伸びた体躯。夕日を反射し風になびくかき上げられた髪。
「……(えっ、どうしよ。雅也くんだ)」
それは彼女が密かに恋心を抱いている男子である。
見つめるばかりで話したことはない。学校では多くの友人たちに囲まれる人気男子だ。彼女が話しかけるタイミングなど皆無だからこの機会は千載一遇のチャンスなのだが――。
「……(でも、そんな、話しかけるなんて、え? うそ? ムリ!)」
彼女はとぼとぼと歩みを再開させるのみ。
思考はネガティブなものばかりだ。
どうせ可愛い彼女がいるに決まっている。どうせうまく話せない。話しかけて失敗して嫌われるよりマシ。見つめているだけでいい、てかストーカー? ……エトセトラ。
「え……?」
その時、彼女は思わず声に出して驚いた。再会した歩みはまた止まる。
気のせいだと思えば思う程、記憶はイメージに沿って明確な像を結んでいく。
一瞬、視界の端で天使が舞ったのだ。
辺りを見てもそれらしき人物(?)は見られない。やはり気のせいだったと歩みを再開させる彼女。
「……あ」
「…………あれ、確か二組の福村?」
少し先で背中を見せていた宮津雅也が彼女、福村絵美里に振り返っていた。先程の絵美里の声に振り返ったのだ。
「あ、えと……(やっば! どうしよ)」
狼狽える絵美里に啓示のように新たな考えが降りてきたのはこの時だった。
『確かに失敗するかもしれない。格好悪いかもしれない。それでもそれを経験して大人になっていくんだ。勇気を出して一歩を踏み出すんだ。溢れる気持ちの奔流をせき止めてはならない。大丈夫……命を取られるわけじゃないから』
次の瞬間、決意の表情を浮かべた絵美里が宮津に歩み寄る。
「あ、あの……一緒に帰っていい?」
「え? ああ……いいよ。てか、アニメ好きなの?」
「え? うん! てか知ってるの?」
絵美里はカバンにつけたストラップを示しながら笑みを浮かべる。
やがて空から一片の粉雪が舞い落ちてくる。
「今日、寒いからね」
「確かに。折り畳み、あったけかな」
宮津はカバンをごそごそし出す。少年野球チームは監督の最後の一本という掛け声のもと追い込みをかけ始めている。自転車で二人の横を通り過ぎた主婦は立ち漕ぎでこちらもスパートをかけていた。
はしゃぎながら降り始めた粉雪を掌で受け止める絵美里。
その形は小さな天使が向かい合うような形をしていた。
完
最初のコメントを投稿しよう!