その1

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その1

「すいません、そこで停めて下さい。」 アイヴィーは、運転手に向かって、そう言った。 曇り空。実家までには少し距離がある、静かな国道の路肩。周りには、やっぱり雪しかない。 このまま、実家の前にタクシーを横づけする勇気はなかった。 昨夜降った雪が凍りはじめていて、足元はかなり滑る。 足元に意識を集中させながら、少しずつ気持ちの整理をつけよう。 いったい、どれだけ歩けば落ち着くのかは、まったく見当もつかないけれど。 旅館からのチェックアウトの内線で、目を覚ましたのは10時近かった。ギリギリだ。 「延滞料金を払ってもいいから、したくをさせてくれ」と頼むと、フロント係は親切にも無料で待ってくれた。 まだ、いくらも寝ていない。このまま、もう一度ベッドに倒れ込んで、帰りの新幹線まで寝ていられたら。 そんな思いを振り払って、アイヴィーはシャワーを浴びた。まだ帰省の目的は、すべて済んだわけじゃない。 決着をつけないといけないことが、もう一つ。 ごく簡単に化粧を済ませ、チェックアウトとともに、再び荷物を預かってもらう。 フロントの青年は「また山形にお越しの際はぜひ、当館をご利用ください」などとにこやかに接しつつ、最後まで“サインが欲しい”と言い出せずにいるようだった。 アイヴィーはその全てを、控えめな笑顔で受け流した。
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