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本当に一瞬だった。
左腕の肘上を強い力で掴まれグイっと勢いよく引っ張られた。
倒れる!
そう思った瞬間には私の体はガシッと強い力でホールドされそのまま引きづられていく。
脚が地面を擦る音が聞こえる。
何が起こったのか全然わからない、それでもこれが危険だという事だけはしっかりわかった。
まずい!
声をあげようとするが自分の口からはくぐもった呻き声のような音が漏れるだけ。
ズルズルと引きづられガサガサと茂みの中に入っていく。
そこでようやく体を動かそうとするがそれもできない。
やだ!
「んー!」
とにかく声をあげて抵抗する。
「うー!」
口は開かない、何かが貼られている感触がある。
「うー!っく、んーんー!」
それでも声をあげなきゃ!
だって、防犯ブザーも痴漢撃退スプレーもバックの中だもの!
それにロビンがもう来るはず!
だから気付いてくれるはず!
きっともう、
ドサっと勢いをつけて投げ出された体は、
「うっ、んー」
受け身なんて取れず、固い地面に強かに打ちつけた。
痛みを感じるよりも熱さを感じた。
同時に、体を地面に押しつけられる。
のしかかられるような圧迫感。
「っつ!」
目の前には、
「っく!」
…あの時の不動産屋の顔があった…。
「おい騒ぐなよ、」
あの時の穏やかそうな口調とは正反対の低い押し殺した声。
そして鼻の先に銀色に光るナイフが見える。
息が止まるかと、本気でそう思えるくらいの恐怖。
銀色に刃先が真っ直ぐに私の目に向けられている。
「聞こえてるよな、騒ぐなって言ってんだろ」
馬乗りになった不動産屋がその全体重を私にかけ、うっすらと笑みを浮かべる。
「そうだ、おとなしくしてろ。すぐ済む」
その言葉に絶望する。
それでも諦められない、こんなの嫌だ!
ナイフを突きつけられながら脅されたばかりでも、私はくぐもった声をあげて足をばたつかせた。
「ぐっ、」
いきなり自分の顔が凄い勢いで横をむかされる。
頭がグワンと揺れる。
顔が熱い。
「あーあ、可愛い顔なのに残念だね」
涙が溢れてくる。
生暖かいものが鼻から溢れる感触はわかる。
顔を殴られたんだ…、痛い…、怖い…、
どうしよう…どうしたら…、
「ちょっと、やめてよ殴らないでって頼んだじゃない!」
女性の声が聞こえる。
「あーもう!綺麗な顔のまんまが良かったのに、お兄ちゃん最低」
…お…にいちゃん?
「鼻血出てる、ごめんね、大丈夫?」
涙の溢れる目に映ったのは、不動産屋の妹…?
なんで…、ここに?
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