地球代表 志村山 健一

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登場人物    志村山健一    種族 人間    性別 男性    年齢 64歳    定年を半年後に控えたサラリーマン    四年前に妻と死別し現在独身    子供なし    通称 ケンちゃん 登場宇宙人物        ヤグノリッチェル・ピルッポル    種族 バクリアム系ナマサ人    性別 ? 印象的には意思の強い女性っぽい    年齢 ? そこそこ長く生きてそう    銀河連盟エネルギー省上級管理官    通称 管理官        サロキオーチェ・ペネペル    種族 バクリアム系ナマサ人亜種    性別 ? 印象的には気の弱い男性っぽい    年齢 ? こっちもそこそこ長く生きてそう    銀河連盟エネルギー省中級管理補佐官    通称 補佐官        ❲補足1❳      バクリアム系ナマサ人は亜種も含め、      その外見は地球人とは大きく異な          る模様    ❲補足2❳      会話(音声によるコミニュケーン)はす      でに過去のものであり、精神的意思疎通(テレパシー)がコミニュケーションの主流。音声コミニュケーションは一部の低級知的生命体のみが使用。 登場物       マリリンレック塩基素粒子循環型生体電子頭    脳搭載ジゼッポローク方式直立二足歩行アンドロイド3481番改      種族 ヒューマン型アンドロイド    性別 なし。ただし外見上は人間の女性    年齢 造りたてホヤホヤ    今回の任務のためだけに造られたアンドロイド。外見は20才前後の女性。メイド服を着て  いる。地球上の全ての言語に対応可能。    テレパシーと音声コミニュケーションの仲立ちをするのが役目。今回の任務終了後は使い道がなくなるので処分される。    通称 マリリン           その空間はやや薄暗い10メートル四方の部屋のようで、その中央に一台の事務机とそれに付随する一脚のイスがあり、そこから少し離れた所に冷蔵庫のような機械が置かれて、その横にメイド服を着た20才前後と思われる女性が目を閉じて立っている。 その女性がゆっくりと目を開いた。 〔聞こえますか?❳ その女性の頭の中に、ゆっくりと相手の意思が流れ込んできた。知的で力強く、それでいて何か温かい、そんな印象を持つ意思だ。姿はない。どこか離れた所にいるのだろう。 ❲はい、受信状態は良好です❳ 彼女も言葉ではなくテレパシーで返事をする。 ❲私の名はヤグノリッチェル・ピルッポル。銀河連盟エネルギー省の管理官です。❳ ❲以後、管理官様とお呼びしてよろしいですか?❳ ❲いいでしょう、そしてこちらが…❳ ❲僕は銀河連盟エネルギー省の管理補佐官です。サロキオーチェ・ペネペルと言います❳ こちらの意思は先程よりもやや自信なさげで、まだ少し経験が浅い印象を受けた。 ❲以後、補佐官様とお呼びしてよろしいですか?❳ ❲それでお願いします。我々の名前は少し長いですからね❳ そのメイド服の女性は何もない空間に向かって軽く会釈をした。 ❲私は今回の任務のためにこの惑星の知的生命体の姿を型どって造られたアンドロイドです。正式な型番は、マリリンレック塩基素粒子循環型生体電子頭脳搭載ジゼッポローク方式直立二足歩行アンドロイド3481番改です❳ ❲いや、あなたも長いですね。三枚ある舌のうちの二枚を噛みそうです。と言っても実際に発声する事はないから舌を噛むこともないですけどね。これは我がバクリアム系ナマサ人に昔から伝わる一種のジョークですよ。では私達もあなたをマリリンと呼ばせてもらうけどいいですか?❳ ❲了解しました❳ ❲ではマリリン、早速ですがサンプルを受け入れる準備は出来ていますか?❳ ❲はい、こちらがサンプルを収納するスペースとなります❳ そう二人に意思を伝達して事務机と椅子を示した。 マリリンの目を通して、その映像は二人に伝わっているようだ。 そして次に冷蔵庫のような機械を指し示す。 ❲こちらは正式名称SO-YGC9687型物質流動化再生機能付きコンパクトタイプ・・・❳ ❲正式名称はもういい!どうせ長いんでしょう。つまりそれは何なんですか!❳ 管理官の少しイライラした意思が流れ込んできた。 ❲はい、失礼しました。こちらはこの装置に入る大きさの物であれば、この惑星上の全ての物をこの中に転送して再構成し物質化する、いわば物質転送機、その名も【お取り寄せ君】です❳ ❲あっ!それ僕も持ってます❳ ❲お前も持ってるんかい!❳ ❲ちょっと管理官、触手でツッコむのヤメて下さい❳ ❲コホンっ❳ マリリンは咳払いを意思で送った。 ❲お二人の気が済んだら、次の説明に移ります。私の外見はこの惑星の知的生命体を模して造られています。容姿および服装は、サンプルが惑星上のどの地域から採取されてもいいように、一般受けを狙ってみました。また私はこの惑星の全ての言語に音声対応可能な仕様となっております。私からは以上です❳ ❲分かりました。では確認のため今回の任務をもう一度おまえに説明しておきましょう。まず、この辺境の太陽系が発見されたのは比較的最近のことです。この太陽系はひとつの太陽とそれに付随する8つの星でなりたっています。そのうちの7つの星に生命の生存は確認できませんでした。いわば死の星です。つまり8つの星の中で生命体が存在するのはひとつだけ、3番惑星だけです。さらに調査を進めると、この太陽は非常に上質なエネルギー源だという事が判明しました。当然の結論として、この3番惑星の生命体を一掃してこの太陽エネルギーを有効利用しよう、と言うのが銀河連盟の方針です❳ ここで管理官はいったん意思を止め、その先は補佐官が続けた。 ❲本来ならそうするべき所ですが、ここに困った問題がひとつ持ち上がりました。それはこの3番惑星の最上位生命体が、銀河連盟知的生命体基準の低級知的生命体要項100項目のうちの一つを満たしている事が判明したのです。その項目が音声によるコミニュケーションです。これによりこの惑星の最上位生命体は、ギリギリではありますが低級知的生命体と認定されるわけです。よって簡単に惑星上の生命体を一掃するというわけにはいかなくなりました。しかも昨今、知的生命体保護団体もうるさいし❳ ここでまた説明は管理官へと代わった。 ❲ですがやはりあの上質な太陽エネルギーは貴重ですし、その太陽エネルギーをまったく有効利用出来ていない低級知的生命体に生存価値はないという意見まで出ました。そしていろいろな意見が出る中で、ある折衷案がまとまりました。現在この惑星の最上位生命体が満たしている項目は100項目中の一項目だけ、つまり音声によるコミニュケーションだけです。なのでこの惑星上の最上位生命体の中からランダムにサンプルを一体採取してそのサンプルを観察し、もし低級知的生命体基準100項目のうちの30項目を満たす事が可能なら、この知的生命体を将来的に進化の可能性有りと認めて、この惑星を発展途上星としてこのまま長期観察対象とするというものです。もし30項目に満たなければ当初の予定通りこの惑星上の生命を全て処分します。それを判断するのが今回の我々の任務です❳ ❲了解しました。ではこれより惑星上の最上位知的生命体を一体ランダムに採取します❳ マリリンは椅子の背もたれ部分に両手を当てた。すると椅子全体が光り出し、その光が収まった時に椅子には一人の人間が座っていた。 少しヨレっとした背広を着ていてネクタイはだらしなく緩んでいる。頭は少し禿げかかっていて歳は60を回っているように見える。眉毛はやや下がり気味で人の良さそうな顔をしていてその顔はやや赤い。今は目を半分閉じている。右の手に何か透明なコップのような物を握っていて中には液体が半分ほど入っている。そのコップのような容器の周りに【ワンカップ関取】と書いてある。その人間は椅子に座った状態で実体化すると、すぐ机に突っ伏した。 その様子をマリリンの目を通して見ていた管理官から質問が来た。 〔マリリン、この惑星の最上位知的生命体はこんなにグッタリしているものなのですか?〕 マリリンは突っ伏している人間を観察しながら机をぐるっと一周した。 ❲私にも分かりませんが、なにせ低級知的生命体ですからシャキっとはしていないのかと・・・❳ ❲なるほど、ところでこのサンプルはどの地域から採取したのですか?❳ ❲今、頭の中に送られてきたこのサンプルの情報をお伝えします。生存年数64現地年、性別男性、視力右目左目共に0.8、髪の毛の数・・・❳ ❲そこまで細かい情報はいらない❳ ❲失礼しました。サンプルの採取場所、日本という国の、東京という都市の中の、新橋という地域のSL広場という場所です。時間は現地時間の午前2時13分❳ ❲ではマリリン、その日本という国のくわしい情報をこちらに送信してください❳ ❲分かりました❳ ❲それとさっきから上半身が前倒しになったまま動かないようですが、寝ているのですか?もし寝ているのであれば、この時点でカウントに入りますが・・・❳ ❲カウントとは?❳ ❲もし知的生命体認定中に睡眠状態に陥った場合、カウントをとる決まりになっているのです。200メットマル(メットマルは銀河連盟共通の時間の単位、100メットマルは地球時間にして約3.75分)以内に覚醒しなければ、認定項目のクリア数に関わらず失格となります❳ ❲では確認のため、ちょっと音声でコンタクトをとってみましょう❳ マリリンはその人間の肩をぽんぽんと軽く叩いた。 「もしもし、ちょっと知的生命体さん」 「あん?俺の事?・・・そんな呼び方されたの初めてだけど・・・」 そう言って顔を上げて、キョロキョロと周りを見た。 「あれっ?ここどこ?」 その視線がマリリンに止まった。その姿を上から下まで見て、 「あぁ、メイドサロンか」 どうやら勝手に納得したようだ。そして再び机に突っ伏した。 ❲マリリン、その生命体が手に持っている液体は何ですか?❳ ❲少々お待ちください。いま分析しています。分析結果、アルコールを多量に含む液体で……❳ その時、その人間が問題の液体を一口飲んだ。 ❲うわっ!アルコールを飲んだ!❳ ❲げげっ!この星の生命体はアルコールを飲むのか?❳ ❲怖っ!❳ 管理官と補佐官がプチパニックを起こしている最中、マリリンがその液体の入ったコップ状の物を手に取った。 ❲おい、おまえまさかそれ飲むんじゃないよな?❳ 補佐官が恐る恐る聞く。 ❲飲みますよ。これが何かを確かめるのも私の役目ですし、それにどうせこの任務が終わったら処分される身です。怖いものなんてありませんから❳ 捨鉢っぽい意思表示をして、その液体を一口飲んだ。 ❲ど、どうなんだ?大丈夫なのか?❳ ❲私の体は毒性の強いものにはそれなりの反応をするように造られていますが、これはそこまで危険な飲み物ではないようです、が一応確認のためもう少し飲んでみます❳ そう応えて、また一口飲んだ。 ❲あれっ、おまえそれちょっと気に入ってるんじゃないの?❳ その時、机に突っ伏していた男が上半身を起こした。 「おっ、酒なくなっちゃったじゃん。オネエちゃん。酒ちょうだい」 「わたしの名前はオネエちゃんではありません。マリリンです」 「マリリンちゃんっていうのか。俺はこういう者です」 そう言って背広の内ポケットから名刺を差し出してマリリンに渡した。 「私、志村山 健一と言います」 「志村山 健一様ですか?」 「硬いよ、硬い。ケンちゃんでいいんだよ」 「では、ケンちゃん様」 「はぁい」 志村山は、ちょっとおどけたように返事をした。「ケンちゃん様、この飲み物が必要ですか?」 「必要、必要、必要不可欠」 「分かりました、さっそくお取り寄せいたします」そう言うとマリリンは冷蔵庫のような機械に近付き外側に付いているタッチパネルを操作しだした。やがて【チン】という電子レンジのような音がした。 マリリンが機械の扉を開けるとワンカップ関取が2本あった。 「はい、一本はケンちゃん様に、一本は私に」 ❲おまえやっぱり気に入ってるじゃん❳ 補佐官のツッコミをマリリンは無視した。 ❲マリリン、そろそろ始めませんか?❳ 管理官が意思表示した。 ❲なにしろ確認項目が100あるのですから❳ ❲分かりました。ではまず何を?❳ ❲そうですね、直立型二足歩行生命体向きの項目があります。スキップで10メートル移動というのはどうでしょう?❳ 管理官が提案する。 それに対して補佐官が少し呆れたように、 ❲スキップですか、さすがに低級知的生命体の基準はハードルが低いですね。ではマリリンお願いします❳ ❲了解しました。ではさっそくやらせてみます❳ マリリンは志村山の方を向いた。 「ケンちゃん様、スキップは出来ますか?」 「出来るさスキップくらい。スキップなら東日本で一番うまいって自負してるしさ」 しかし残念なことにこの時志村山の運動能力は、アルコールの影響を強く受けていた。 「では、さっそくお願いします」 「はいよ」 志村山はそう返事をすると立ち上がった。がすぐにへなへなと椅子に座り込んでしまった。また立ち上がろうするが、やっぱり座り込んでしまう。 「あれ、おかしいなぁ。ちょっと飲み足りないのかなぁ」 そう言ってワンカップ関取を一口飲んだ。 ❲どうですかマリリン、出来そうですか?❳ 管理官が問う。 ❲いや、ダメそうですね。立ち上がるのさえ無理ですから❳ ❲そうですか、このスキップは運動系項目でも一番やさしいものですから、これが出来ないとなると運動系20項目は全滅と見て間違いないですね。どう思いますか補佐官❳ ❲ですよねぇ、スキップが無理ならバク転や目を閉じての100メットマル(メットマルは時間の単位)片足立ちも不可能でしょう、マリリンの意見は❳ ❲絶対無理です。だって両足立ちでもギリですから❳ ❲これは思ったより早めに結論が出るかもしれませんね、管理官❳ ❲では次の項目に移りましょう。これは音声コミニュケーションに関するもので、今だに音声コミニュケーションを使用している生命体のための項目です。やはり初級クラスから最上級クラスまで20段階ありますが、先程の結果を鑑みてまず初級クラスをやらせてみましょう。これがダメなら、それ以上のクラスはまず無理でしょうから❳ ❲分かりました。で、何をやらせれば…❳ ❲これは早口言葉というらしい。【赤巻き紙、青巻き紙、黄巻き紙】これをスムーズに一回言えればクリアです❳ 「赤巻き紙、青巻き紙、黄巻き紙」 マリリンは音声で言ってみた。 ❲管理官様、試しに音声で言ってみましたが、これは簡単です、さっそくやらせてみます❳ マリリンは志村山のほうを向いた。 「ケンちゃん様、早口言葉は出来ますか?」 「得意中の得意だぜ。なにしろ社内早口言葉大会で準優勝したんだぜ」 「どんな会社だよ!あっ、失礼しました。では、私の言う言葉を繰り返して言っていただけますか」 「まかせな!」 しかし残念な事にこの時点で志村山は呂律が回っていない。 「赤巻き紙、青巻き紙、黄巻き紙」 「あかまきまき、あおまきまき、きまきまき」 「言えてません」 「え〜言えてるじゃん」 「言えてません、もう一回」 「あかまきまき、あおまきまき、きまきまき、ほら言えた」 「言えてません、もう一回」 「あかまきまき、あおまき・・・」 ❲もうよい!言えてない!しかし音声コミニュケーションを使用しているくせに、こんな初級クラスの一番簡単な早口言葉も発声できないとは・・・❳ ❲これでは中級クラスの【バスガス爆発】を連続5回は到底無理ですね。この音声コミニュケーションに関する20項目も不可としてよろしいですか❳ ❲そうするしかないでしょうね❳ 志村山が机の上を見回す。 「ところでマリリンちゃん、なんかツマミないの?」 「ツマミとは何ですか、ケンちゃん様?」 「ツマミってのはよぉ、酒を引き立てる食べ物だよ。そーだなぁ、出来ればスルメがいいなぁ。スルメのあぶり・マヨネーズを添えてってか。これがあると酒がまた一段と美味くなるんだよなぁ」 「なんと!あの液体単体でもあれだけ美味しいのに、そのスルメとやらを同時に摂取するとさらに美味しくなるとは。これは早急に検索して手配しなくては」 ❲こら、マリリン!任務を忘れてはダメですよ❳ ❲管理官様しばらくお待ちくださいませ。只今ケンちゃん様のたっての要望によりスルメという現地食材をお取寄せ君にて・・・❳ ❲おまえが食べたいだけだろう。それよりそのスルメとやらはどのような物なのですか?❳ ❲検索結果、スルメとはスルメイカを使用した食品。イカとは海生軟体動物の一群。分類学上は軟体動物門頭足鋼十腕形上目。スルメイカとはツツイカ目アカイカ科マルメイカ亜科のマルメイカ属に分類されるイカの一種。スルメイカの画像も送信します❳ ❲こ、これがスルメイカ!我々にちょっと似てるような❳ ❲スルメとは、このスルメイカを裂いて開いて内臓を取り出して・・・❳ ❲や、やめてくれ〜❳ ❲さらにそれを太陽光線にさらして、カラッカラになるまで水分を抜いて・・・❳ ❲もう、分かったから!❳ ❲それを遠めの弱火でゆっくりチリチリとあぶって、焼けたら細長く裂いて食べるのですが、噛めば噛むほど味が出て・・・❳ ❲おまえ、わざとやってるだろ!❳ ❲いえ、スルメとは何かという管理官様の問に誠実にお答えしただけです。❳ マリリンと管理官がやりとりをしている後で、チン!というお取り寄せ君の音がした。 ❲あっ、お取り寄せ君にスルメが届いたようです。ご覧になりますか?❳ ❲いや、いい!って言うか、おまえが見たらその映像が嫌でもこちらに送信されてしまうじゃないか❳ ❲ですよね❳ ❲仕方がない、800メットマル(メットマルは時間の単位。800メットマルは約30分)だけおまえとのコンタクトを遮断する❳ ❲了解しました。ではこれより800メットマルの間通信を遮断します。よ〜し、飲むぞぉ!❳ ❲お、おいマリリン・・・❳ プツン! マリリンはスルメを持って志村山のそばに来た。 「お待たせしましたケンちゃん様、スルメです。マヨネーズも横に」 「おぉおぉ、これこれ、肉厚で上質なスルメじゃのう、ほれマリリンちゃんも椅子持って来てここに座りな。立ってられるとちょっと落ち着かないんだ」 「了解しました」 マリリンはお取り寄せ君の所に行き何かを操作した。そしてその中から小さめの椅子を取り出すとそれを持ってきて志村山の向かい側に座った。 「よし、じゃ乾杯しようや」 「乾杯とは?」 「そっか、マリリンちゃんは名前から言って外人さんだから知らないかぁ。乾杯っていうのはさぁ、コップとコップをちょっとぶつけ合って、その時に【乾杯!】って陽気に言うんだよ」 「意味は?」 「う〜ん、俺はあんまし難しい事は分かんねぇけどもよぉ、よーし!これから仲間とあるいは友達と飲むぞぉ!て言う宣言みたいに思ってんだ。よし!さっそく乾杯して飲もうや、マリリンちゃんも一緒に、乾杯!」 「乾杯!」 二人は同時にカップ酒を飲んで、同時にプハ〜っと言った。そして同時に大笑いした。 「よし、これでマリリンちゃんと俺は友達だ」 「・・・友達・・・」 「おっ、スルメ旨いなぁ、マリリンちゃんも食べな」 マリリンもスルメを一つ食べ、そしてカップ酒を飲む。 「こ、これは!この液体とスルメの相乗効果で、液体本来の旨味を何倍にも増幅する、まさに至高の化学反応!」 「だろ、俺はよぉ、あんまり大袈裟な食べ物よりこういう質素な感じの食べ物が好きなんだなぁ」 「ところでケンちゃん様、友達って大事ですか?」「大事だよ。家族の次に大事だよ。俺なんか家族いないじゃん。だから友達が一番大事だな」 「そうですか・・・友達は大事ですか・・・私とケンちゃん様はもう友達なのですか?」 「そうだよ、だからマリリンちゃんの事も大事だよ。俺達ゃ飲み友達だな」 そう言って志村山はまた一口飲んだ。 その時マリリンの中に管理官の意思が流れ込んできた。 ❲マリリンそろそろ時間ですよ。続きをはじめますよ。補佐官、次は何を❳ ❲そうですねぇ、その生命体を採取した時点でマリリンからその所属する国の情報がこちらに送られてきているのですが、自国の言語に関する理解力がどれだけ深いのか?言語能力を調査してみましょう。この惑星には諺と呼ばれる言い回しが存在します。マリリンから送られたデータによると、その生命体が所属している国にも諺が多数あります。その諺を易しいものから順に20段階にランク付けしてみました。言語能力の項目はフリーとなっていますので、今回はこれを採用しようかと・・・❳ ❲マリリン、よろしいですか?❳ ❲了解しました・・・あ、あの管理官様。もしケンちゃん様、いえ、志村山様が規定の30項目以上をクリアできなかった場合、本当にこの惑星の生物は全て抹消されるのですか?❳ ❲そういう事になりますね❳ ❲志村山様も抹消されてしまうのですか?❳ ❲例外はありません、最初からの決まりですから。それがどうかしましたか?❳ ❲・・・いえ、なんでもありません、続けます❳ マリリンはそう言うと志村山を見た。 「ケンちゃん様、諺は得意ですか?」 「得意だよ・・・こ、諺だろ、えっとあれだよ、例えば・・・」 しかし残念なことにこの時点で志村山はアルコールの影響を強く受けていて思考がまとまらない。 「イカが怒った、とか」 「それはダジャレです、しかも極めて低次元な」「スルメを食べたりスルメー」 「それもダジャレです。しかも先程のよりさらに低品質。ちなみに先回りして言っておきますが、干しイカが欲しいか、もダジャレですから」 「あっ、そーなんだ。じゃ、諺ってどんなのだっけ?」 「例えば・・・窮鼠、猫を噛む。とか・・・」 「えっ?猫が急所を噛む?」 ❲ちょっとマリリン、早く始めなさい!❳ ❲失礼しました、管理官様。では始めます❳ 「第1問。思いがけない幸運が舞い込むという意味の諺。何からぼた餅でしょう?」 「え〜と・・・確か聞いた事あるけど何だったっけかなぁ・・・あっ!そうだ!思い出した!鼻からぼた餅」 「違います!次!大切な物を横から奪われて呆然とするという意味の諺。ナントカに油揚げをさらわれる、ナントカは何?」 「マリリンちゃん、馬鹿にしちゃいけないよ。これは俺だって知ってるさ。ゾンビに油揚げをさらわれる、だろ」 「違います!次!もどかしいこと、また遠回りし過ぎて効果が得られないという意味の諺。二階から何?」 「えっ?二階から・・・何?」 「ヒント、それは薬です」 「薬?・・・あっ!分かった!二階から座薬」 「違います!っていうか、それは目薬よりはるかに難易度の高い技」 ❲もうよいマリリン!これ以上は無駄です。しかし運動系ダメ、コミニュケーション系ダメ、ましてや自国の言語に関しても理解力が低いとは・・・次はどうしましょうかね補佐官❳ ❲数学系はどうでしょう?もしかしたら数学系には並外れた才能を発揮するかもしれませんよ❳ ❲今までの経緯を見たうえで、本当にそう思えますか、補佐官❳ ❲いえ、思えません❳ ❲まぁ、やるだけやってみましょうか、マリリンいいですか?❳ ❲分かりました、管理官様❳ 「ではケンちゃん様、これから言う問題をよく聞いてくださいね。鶴さんと亀さんが合わせて9匹います。そしてその足の数を足すと26本です。それではウサギさんの足は何本でしょう?」 「えーと、ちょっと待てよ、いまサラッと答えてやっからよ」 しかし残念な事にこの時点で志村山はベロンベロン状態である。 「いいか、見てろよ」 そう言うと両手を広げて指を折り、何かを数えながら 「えーと、鶴さんと亀さんが合わせて9匹だろ、で足が26本、でも亀さんよりはウサギさんのほうが速いんだよな、それでもって鶴さんは恩返しをするんだよ、あれ?なんの話だっけ?」 「ケンちゃん様」 マリリンは小声で言った。 「問題の前半はどうでもいいんです。ただの引っ掛けのようなものです。ようするにウサギさんの足は何本かを聞いているんです」 ❲こら、マリリン!ヒントを出してはいけませんよ。音声を小さくしても全部分かりますよ。さっきもヒントを出しましたよね。マリリンはその生命体に特別な思い入れがあるのですか?❳ ❲いえ、・・・そういうわけではありませんが・・・❳ その時、志村山が大きなアクビをした。 「マリリンちゃんさぁ、俺ちょっと眠くなっちゃったよ」 志村山はそう言って机に突っ伏すと、すぐにイビキをかき出した。 「あっ!ケンちゃん様!寝てはいけません!」 今まで冷静を装っていたマリリンが急に慌て出した。 ❲どうしたのですかマリリン?生命体が睡眠状態に入ったのですか?もしそうならカウントを数え始めますが・・・❳ ❲いえ、まだ寝てはいません!カウントはちょっと待ってください!❳ マリリンは必死に志村山を揺する。 「ケンちゃん様、寝てはダメです!まだチャンスはあります!がんばって起きてください!そうしてくれないと私・・・」 マリリンの目から水分が落ちる。 「そうしてくれないと私・・・私、初めて出来た、たった一人の友達を失ってしまう・・・」 ❲マリリン、これよりカウントに入りますよ。これは規則ですから❳ その時、志村山が 「うーん」 と声を出した。 ❲あっ!管理官様、まだ志村山様は寝ていません。何か言おうとしています❳ 志村山は相変わらず突っ伏したまま、何かぶつぶつと言い出した。 「俺はよぉ・・・かーちゃん四年前に死んじゃったんだよ。・・・俺んとこよぉ、子供出来なかったじゃん、だからよぉ俺一人んなっちゃってよぉ・・・かーちゃんがいる時はよぉ、うるせー事ばっかり言いやがってって思ってたけどさぁ、でもよぉ本当にいなくなっちゃうとよぉ・・・」 少し泣いているようだ。 「本当にいなくなっちゃうと、なんか毎日がポッカリ穴が空いちゃったようで、そいでもってさぁ、うるさく言ってたのは全部俺のためを思って言ってくれてたんだって、後になって分かるんだよなぁ、俺馬鹿だから、その時は分からなかったよ・・・それでもさぁ、俺がこの四年なんとか頑張ってこれたのはよぉ、会社に行けば仲間がいるからだよ。皆んなと仕事したり話したりしてるとさぁ、少しは気が紛れるじゃん。一人じゃないって感じがしてさ。 ・・・でもさ、あと半年で定年なんだよな、俺。会社行けなくなっちゃうんだよ。もう行っちゃダメなんだってさ・・・そしたらさぁ・・・そしたらよぉ・・・俺、本当に一人になっちゃうじゃん、一人ぽっちになっちゃうじゃん・・・」 そう言い終わると、完全に寝入ってしまった。 「ケンちゃん様!寝てはダメです、起きてください!お願いですから!ケンちゃん様!」 マリリンが必死で呼びかける。 ❲もうよい、マリリン。おしまいにしましょう。結論はでました❳ ❲そんな・・・管理官様❳ ❲補佐官、いかがですか?私は確認しましたが❳ ❲はい、確かに感じました。間違いありません❳ ❲そうですか、ではその結論でよろしいですね?❳ ❲はい❳ マリリンは二人の間でどんな合意がなされたのか分からずにいた。 ❲あの管理官様、いったい何が・・・❳ ❲今、その生命体の思いのようなものを、マリリンを通さずに我々は同時に直接受け取りました。勿論コミニュケーションというにはあまりにも稚拙なただの漠然とした思いのようなものですが、それでもこれは精神的意思疎通のごく初期段階と認められます。そしてそれは低級知的生命体の1ランク上の、中級知的生命体の項目のひとつを満たすことになるのです。これにより、この惑星の最上位知的生命体は将来的に中級知的生命体に進化する可能性ありということになります。よって我々の結論は、この惑星をこのまま長期観察対象にするというものです。 それでよろしいですよね、補佐官❳ ❲はい、それが妥当かと❳ ❲マリリンはこの結論に異議がありますか?❳ ❲いえ、ありません❳ マリリンは少し安心したような表情をしている。 ❲ではこれを本件の最終結論と決定します。この件に対する全権は私に一任されているので、今後この判定が覆ることはありません。以上です。補佐官ご苦労さまでした。そしてマリリンもご苦労さま、任務終了です❳ マリリンはその管理官の意思を受け取り少し下を向いた。 ❲どうしました、マリリン?❳ ❲あの・・・任務が終了したら私は不必要になるので処分されるのですよね?❳ 消え入るような意思を発した。 ❲そういう決まりになっていますから❳ マリリンはちらりと志村山を見た。 ❲マリリンはその生命体と一緒にいたいのですか?❳ マリリンはだまって下を向いている。 ❲マリリンはケンちゃん様に寄り添っていてあげたいのですか?❳ マリリンが小さくうなづく。 ❲でも規則ですから私はあなたを処分しなくてはなりません。・・・しかしながら、私はその処分方法も一任されています。そうですねぇ・・・ではこうしましょう。あなたをこの辺境の惑星上に廃棄処分とします。これでいいですか、マリリン?❳ 少し間があり、そしてマリリンは管理官の思いの意味を理解した。 ❲ありがとうございます❳ マリリンは深々と頭を下げた。 ❲私達はそろそろ帰らなくてはなりません。あなたとの通信もこれが最後になるでしょう。ではマリリン、ケンちゃん様の事よろしく頼みましたよ❳ それを最後に、マリリンは二人との繋がりが切れたのが分かった。 マリリンはもう一度深く頭を下げると志村山の前面に近寄った。志村山は完全に寝込んでいる。 マリリンはその志村山の眉間に人差し指をそっとあてた。 「ごめんなさいケンちゃん様、少しだけ記憶を改ざんさせてくださいね」 マリリンの人差し指の先が微かに光った。 「ちょっとお父さん起きてよ、会社行く時間だよ」「おっともうこんな時間か、昨日は少し飲み過ぎちゃってよ」 「少しじゃないわよ、夜中にへろへろになって帰ってきたんだから」 「いやー昨日の事よく憶えてないんだよな俺。なんか変な夢見たような・・・」 「そんな事より会社行くんでしょ」 「おっ、そうだ。あと半年なのにいまさら遅刻とかカッコ悪いからな」 「ねぇ、お父さんが定年退職したら、長年頑張ったご褒美にどこか旅行でも行こっか」 「娘のお前と?」 「行こうよ、海外旅行でもいいよ、あたしどの国の言葉でも話せるから」 「すごいなお前」 「学校で習ったんだよ」 「すごいな今の学校」 そう言いながら志村山は身支度を整え終わりカバンを持つ。 「あれ?ウチって冷蔵庫二台もあったっけ?」 「前からあったじゃない、ほらもう時間だよ」 「ああ、じゃ行ってくるよ、麻里」 「行ってらっしゃいませ、ケンちゃん様」                MADE IN MIE 2020
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