015-葛葉小路商店街の怪(10)

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015-葛葉小路商店街の怪(10)

※ツヨのセリフの符号を変更しました。テレパシーを使用している時は『 』、実際に話す言葉は「 」とします【R4.2.28更新】 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  ツヨの尻尾は調理台に置かれていた黒い柄の筆を持っている。 「これは勝手に使っていいものじゃない……」  ――タンッ  ツヨはカウンターの上に飛び乗り、フードの女性の前で座った。  ツヨと彼女は知り合いなのだろうか? 「下手をすると命をなくす……なんで”天外(てんがい)”なんてものに使うようになったんだ?」  ……その口調は単純な怒りというよりも子供に怒る親のようなものに感じられた……良好な仲だったのだろうか? でも、あのフワフワ姿で怒られても全然怖くないだろうな。  フードの女性はツヨを見ながら暫く黙っている。 「なんだい? このキーキーいう生き物は?」  意外な答えが返ってきた。 「え?」  その答えにツヨも驚く。どうやらフードの女性はツヨの言葉が分かっていない様子だった。 「知り合いじゃないんですか?!」  思わずツッコんでしまう……なぜツヨは彼女を“咲夜姫(さくやひめ)”と思ってしまったのだろう。 「知らないね、こんな種族見たことない……アンタの世界のペットみたいなものかい?」 「ぎゃ?!」    フードの女性は、ツヨの体を抱き上げると毛や耳や尻尾を調べ始める。  その様子は神聖なものに触るというよりは、何かを調べる学者のようなものだ。 「ちょっ?! やめないか!!!」  ツヨは触られ慣れていないのだろう……顔を赤くしながら手足をジタバタさせている。  フードの女性には、ツヨの声がキーキーとしか聞こえないから、遠慮ない触り方を続けている。 「う?! ひゃ?! やめて?! やめてくだしゃい~」  あ、ツヨが敬語になった……いいなぁ、私もやってみたい……。 「うりゃうりゃうりゃ」 「~~~~!」  うん、次第にじゃれている感じになってきた……ツヨは尻尾から黒い柄の筆を落とすと恥ずかしそうに身もだえしている。このままだと神獣だということを忘れてしまいそうになるので、ここらでツヨを助けることにした。 「……あの“咲夜姫(さくやひめ)”や“羅津銘(らしんめい)”って何なんですか?」 「ん? 誰にその言葉を教わったんだい? この世界の神話だよ。“咲夜姫”がこの世界を作ったんだ、“羅津銘”でね」 「神話?! 貴方が“咲夜姫”ではないのですか?!」 「あはははは! 誰がそんなこと言ったんだい? 私はそんな大昔からの大物ではないねぇ。私の名はツキカゲ! 調剤屋さ!!!」 「……愛紗と、ペットのツヨです」  フードの女性、もとい、ツキカゲさんが名乗ったので、私も思わず自己紹介をする。ツヨは面倒なのでペットということにした。ツヨはなぜ彼女を“咲夜姫”と間違えたのだろう?  確か、ツヨは零因子でシンの存在を探せると言っていた……ということはツキカゲさんと“咲夜姫”の零因子が似ていたのだろうか? そんなことがあるのならシンを正確に見つけることができるのだろうか? 少し心配になってきた。  “羅津銘”のことがよく分からなかったので、続けて質問をする。 「“羅津銘”って何なんですか?」 「あぁ、聞きなれないか……筆のようなものでね。全てのものに名をつけ支配できるものなんだよ……神話では生き物も建物も食物も何でも作ったらしいよ……本当かどうかは分からないけどね」 「この筆は?」  私はツヨが落とした筆を指さした。これが“羅津銘”なのだろうか? 「あぁ、これは調剤士の仕事道具さ、この筆をつかって材料に印をつけて加工するんだ。確かに神話の“羅津銘”に似ているのかもしれないね」  どうやら、この筆は特別なものではないらしい。 ツキカゲさんは、私と会話をしつつも、ツヨとじゃれることを止めることはなかった。ツヨが相当気に入ったのだろう。 「あぁ……これがペットなんだね。いいねぇ、噂どおり凄く癒される」 「噂ですか?」 「あぁ、最近お前さんの世界から移住してきた住人がいてね。上の部屋を貸しているんだけど、いろんな話を聞くんだ」 「――!」  思わず自分の耳を疑った。私の世界から移住してきた住人?……でもツキカゲさんが私を見て驚かなかったのは、既に同じような境遇の人がいたからだろう。 「どうやって来たんですか? いつ? いつからこの世界で暮らしているんですか? 元の世界にも戻ってる様子でしたか? 今その人は部屋にいるんですか? すぐ会えるんでしょうか? 」  私からの圧力にツキカゲさんは少し困った様子だった。 「――っと、ごめんなさい」 「あはは……大丈夫?」 「愛紗……」  ツヨが心配そうに私を見る……多分、私は思った以上にこの状況がストレスだったのだろう……、ついついツキカゲさんを問い詰めてしまった。  その様子に、ツキカゲさんは私が置かれている状況を察したようだった。 「すまないねぇ……私の作った“天外”でお前さんを呼び寄せてしまうなんて……でもお前さんの世界にも“天外”のようなものはあるんだろ? なんせこの調合はお前さんの世界から来たタロウザエモンから教えてもらったものなんだよ」 「タロウザエモン?」  ……なんだか江戸時代とかの名前っぽいな。 「来たのは、五十年前くらいかね? タロウザエモンのおかげで、この世界の生活は一気によくなったんだ……だから私はお前さんを見ても悪い印象はしなかったよ。この世界の住民だって同じさ」  その言葉を聞いて少し安心する……食べられる対象とかだったら、どうしようかと思った。タロウザエモンさん……そんなに長い間ここの世界で暮らしているということは、高齢の男性なのだろうな……私も“死の契(しのちぎり)”がなければ、この世界の環境にも適応できるのだろうか? そんなことを色々考えていると、少し気分も落ち着いてきた。 「今はタロウザエモンさんに会えるのでしょうか?」 「あぁ、彼は夜研究してることが多いからね。まだ、寝てなければ気軽に会えると思うよ」  ツキカゲさんはツヨを床におろすと、店の中を片付け始めた。もう閉店の時間なのだろう。 「私も付き合うから一緒に行こう。そこで少し座ってな……あと、その筆が気に入ってるんならツヨちゃんのために持っていっていいよ」 「……ありがとうございます」  どうやら、あの筆にツヨがじゃれたのだと勘違いしたらしい……。気軽にもらえるということは、きっとこの世界には何本もあるものなのだろうか……これもツヨの勘違いか? 段々、ツヨに対する神獣としての威厳がどんどん減っていっている気もする。さっきは頼りがいがあったのに……あのじゃれている時のツヨは、完全にペットだったな。私もいつかツキカゲさんのようにツヨをモフモフできる日が来るのだろうか?
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