024-“流命の腕輪”と“羅津銘”(6)

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024-“流命の腕輪”と“羅津銘”(6)

※ツヨのセリフの符号を変更しました。テレパシーを使用している時は『 』、実際に話す言葉は「 」とします【R4.2.28更新】 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  ――あれから3日。  私は黒夢で訓練を続けている。  ツキカゲさんとタロからのアドバイスもあり、零因子の扱いに少しだけ慣れてきた。あれから零因子を扱いきれず、黒夢一面に花が咲くような事態は起きていない……が。 「あーあ、今あるので研究するしかないのかぁ……」 「残念だねぇ」  ツキカゲさんとタロが結構残念がっていた。  多分、この前の咲いたサクヤムラサキとかが珍しかったのだろう。あれは私が扱いきれない零因子を放出しなければ出来ない花らしい。宙の法では、“第零世代”と表示されていたから、多分この世界の初めからあったものなのだろう。  ツキカゲさんは不思議そうに私に近づいてくる。 「でも零因子の扱いは大体数か月はかかるから、もうちょっと花が咲くのを期待してたんだけどねぇ。……まぁ、タロの“流命の腕輪(りゅうめいのうでわ)”がそれだけ優れていたってことかい」 「はは……そうですね。おかげさまで予定どおりに帰れそうですし」  私も分からなさそうに回答した。  実は、私は零因子を必要に応じて取り込んでいるわけではない。私の体の中で扱いきれない零因子はこっそり腰に身に着けている“羅津銘(らしんめい)”に溜めているのだ。その流れは、ツヨが私の横で上手く誤魔化しているため、気づかれることはないだろう。 「くあぁ~」  ツヨは私にくっつきながら眠そうにしている。  私は少し“羅津銘”とシンの痕跡に意識を集中させた。 “名称:羅津銘――容量:100京ロチ、充填量:1億ロチ(約0%)――” “―シンの零因子……検索中……8%まで完了。シンの零因子、該当なし”  私の意識に宙の法が反応し、視界上に必要な情報が浮き上がる。  “羅津銘”は容量的には全く問題ないようだが、シンの零因子の検索速度をあげたいところ。なんとか滞在中に効率よく検索できないものだろうか。  そこでふと、サクヤムラサキを観察しているツキカゲさんに声をかけた。 「ねぇ、ツキカゲさん」 「ん? なんだい?」 「この世界で有名な場所ってどこ?」 「観光名所ってことかい?」 「まぁ、そんなこと」 「そうだねぇ。すぐに行けそうな場所は、近くにある商店街だねぇ。あそこはこの世界のものなら何でもそろうから有名なんだよ。ここらへんは咲夜姫の伝承が数多く残ってるから、店を始めると結構繁盛するんだよ」 「咲夜姫の伝承がある場所って?」 「例えば、咲夜姫が住んでいた“咲夜御殿(さくやごでん)”とか。あとは普通の種族では行けそうにないところかなぁ」 「というと?」 「例えば、この世界の大地を創り続けている“海底火焔(かいていかえん)”は有毒なガスが発生しているし、霧が生み出される“川霧樹海(かわぎりじゅかい)”は方向感覚が相当よくないと迷って死んでしまうんだ」 「地図とかないんですか?」 「地図?」 「えっと……どこに何があるかを示した絵? みたいな?」 「う~ん、ただそれは海底火焔と川霧樹海の影響で詳しい場所は描けないんだよねぇ……地形も若干移動するから」 「移動?」 「うん。だから近くに住んでいる人に聞きながら観光するのが一番さ」 「なるほど……ちなみに行ったことのない場所ってあるんですか?」 「どこも霧のせいで行ったことのない場所ばかりだよ。興味があるのなんてタロぐらいのものさ」 「……へぇ」  どうやらこの世界の地形は、私の世界の常識とは異なるものらしい。しかし、そんな移動するような地形が存在するのであれば、いったいこの世界は、どこまで把握されているものなのだろう。 「ん? 呼んだかい?」  タロが自分の名前を聞いたのか、研究の手を止めると、私たちの方に嬉しそうに近づいてくる。 「ん? 僕がいかに凄いかって愛紗に話してくれたのかい?」 「……いや、未知の領域に足を踏み入れる阿呆はお前さんだけだって言ってたんだよ」  ツキカゲさんがやや冷ややかな反応をする。 「誰も行ったことがない場所に一人で行くなんて、死んじまう可能性があるってことじゃないか」 「だから面白いんじゃないか?」  確かに、少しでも安全なら、他の種族が探索していそうな気がする。探検したいものがタロだけということは相当危険な場所が多いのではないだろうか? 「でも、そんな危険な毒とかガスがある場所によく一人で行けますね」 「僕の場合、自分の体の零因子を改造しているからね。問題ないよ。その代わり、もう愛紗の世界では生きていけないけど」 「改造?」 「気になる? まぁ、見ててよ」  するとタロは私の前に立ち…… ――バサッ。  背中から黒い6枚の翼を広げた。 「――?!」  その姿に少し衝撃を覚える。  タロは私の反応に少しも臆することもなく、微笑んだまま身に着けている工具を手にした。 工具は銀色の木の葉の渦ように姿を変えると、タロの周りを取り囲み、変形しながら頭や左腕、両足に取り付いていく。 ――フウウゥゥウウウゥ。  そして、風をこするような音がおさまると、黒い和服に半分サイボーグのようなタロが姿を現した。顔には複数のスコープのある仮面、左腕には角のついた盾、両足には爪のようなものがついている。 「どうかな? 一応天狗を基にしてみたのだけど……まぁ、僕が好きでやっていることだから気にしないでね」  タロは自信ありげそうにそう言った。  ツキカゲさんはタロの姿をみると、少し怒ったような顔つきになる。   「あ! 私が考案した翼、6枚じゃ機動性が悪いっていったじゃないかい!?」 「う~ん。でもそのかわり硬度は上げてるんだけどなぁ――」  どうやらタロの改造は頻繁に行われているらしい。多分、タロはこの姿になることに迷いはかったのだろう。さすが研究者といったところだが、少し狂気のようなものを感じる。天才と変人は紙一重というけど……まぁ、タロが笑顔で気にするなと言うので、これ以上は気にしないことにした。  ツキカゲさんはタロと改造についての議論を続けている。  その間、私は行ったことがないものの、ツキカゲさんから聞いた、私が行けそうな観光場所をシンの検索対象として再設定してみることにした。 “―シンの零因子、再設定完了。……検索中……。残り36時間。シンの零因子、該当なし”  うん。相当検索効率が上がった気がする。  どうやら宙の法は術のレベルも関係しそうだが、自分ではっきりしとした意思がないと反応してくれないらしい。この点は少し苦労しそうだ。  ふと気が付くと、ツキカゲさんとの会話を終えたタロが私の方に近づいてきて、“流名の腕輪”の様子を観察している。 「……うん。これなら、残りの1日くらいは観光にあててもよさそうだ」 「本当かい?! 嬉しいねぇ」 いつの間にはツキカゲさんとタロは私の顔を見て嬉しそうに微笑んでいる。  どうやら、いつの間にか皆で観光する方向になっていたようだ。  願わくば、改造はしたくないので、私が行ける範囲でシンの痕跡が見つかってほしいものだ……。
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