026-“咲夜御殿”とは何か(2)

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026-“咲夜御殿”とは何か(2)

※ツヨのセリフの符号を変更しました。テレパシーを使用している時は『 』、実際に話す言葉は「 」とします【R4.2.28更新】 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー “天外(てんがい)――判別不能。この世界のルールを逸脱。新流派のルールの可能性あり”  ――ツキカゲさん言葉を聞いた瞬間。ふと、私の中の“宙の法(そらのほう)”が反応した。  あれからタロとツヨと合流し、露店を探索しているが、ツキカゲさんの会話もなんだか一方的だ。 「――愛紗。この東方の本は古今東西の薬の素材が絵で載ってるからとても使いやすいよ。お土産にどうだい?」 「あれ?」 「……なんだいタロ?」 「ツキカゲ、その本は初版本だよ。こっちの改訂版の方が新しい解釈があっていいんじゃなかったのかい?」 「ん? ……ああ~、そうだったね。私としたことが」 「ツキカゲ、調子でも――」 「――店主! この本いくらだい?」  タロもツキカゲさんの調子に少し驚いているようだ。やはり“天外”という言葉を口にしてから様子がおかしい。  さっきからツキカゲさんは私を露店に連れまわっては、一方的に解説をし、商品を購入し、また露店を回る……この繰り返しだった。  今のところA5サイズ程の書籍が三冊と、小瓶や工具を収納できるような腰袋付きのベルトやストールのような肩掛け、複数の顕微鏡の付いたゴーグルを購入している。  今の私はこれらすべてを身に着けているため、おかげさまで市場を歩く職人達と上手く馴染んでいた。  ……ただ、いつまでツキカゲさんとぎこちないやり取りを続ければいいのだろうか? *****  そんなことを考えながら、しばらく市場内を観光すると、狸のような耳と尻尾をした和服姿の愛らしい女性が、遠くの露店からこっちに向かって手を振っていた。 「……ツキカゲ様~、いらっしゃい~!」 ――ザワッ。  突如、周囲から聞こえてきた会話が静まり、視線が私達に集まる。 「お、おい。あれ……第二席の……」  たまにヒソヒソと聞こえる会話は……どうやらツキカゲさんについての会話のようだった。 ――ザワザワ。  ……徐々にだが、私達と少し距離を置いてはいるものの、ツキカゲさんを見ようとする見物人が集まってきている気がする。  その者達の視線は好奇の目のようなものにも感じられたが……、彼らが一歩下がったような距離感を置いていることから察すると、畏敬の念のようなものと対面しているように感じられた。  ツキカゲさんはため息をつくと、かぶっている頭のフードを脱ぎ、周囲を軽く見回す。  そして大きい声ではないものの、遠くまで聞こえるよう、周りに言い聞かせるように発言した。 「今日の私はただの客だ。どうか何も期待しないで祭りを続けて欲しい……でないと、次からお前たちと薬の取引はしないよ……いいね?」  ……だからだろうか?   暫くすると、徐々に周りの見物人はツキカゲから視線を外すように別々の方向へと歩いて行った。 ***** 「――茶々(ちゃちゃ)。お前さんは周囲が感じる私のイメージにもっと気を付けたほうがいい」 「あら、私にとってツキカゲ様は、昔のまま愛らしいものですけどね」 「……これ、頭をなでるでない」 「ふふっ。はいはい」  私達は“茶々(ちゃちゃ)”と呼ばれる狸のような女性に案内され、露店の奥の大きなテントに案内された。テントには私達以外、誰もいない。  ツキカゲさんは、茶々さんに頭を撫でられ、少し恥ずかしそうにしていた。 「久しぶりだね。茶々」 「タロ先生もお元気そうで……こちらのお連れ様は?」  どうやら茶々さんはタロとも知り合いのようだ。  私とツヨは、とりあえず失礼のないよう、丁寧にお辞儀をする。 「はじめまして。愛紗といいます。この子は相棒のツヨです」 「はじめまして、霧狸族(きりたぬきぞく)の茶々といいます。どうかお見知りおきを。昔、ツキカゲ様の乳母をしておりまして……今は商売仲間として、よい商いをさせていただいております」  茶々さんは深々と頭を下げると、私とツヨに穏やかな顔で微笑んだ。  その気品のよい仕草は、まるで自分がお金持ちにでもなったような感覚にさせる。 「茶々。今日は調合器具をみせてくれないかい? あとあれも」 「あれは奥に行けばありますよ。ツキカゲ様が落書きした箱に入っています」 「……まだあの箱を使っているのかい?」 「えぇ、小さい頃のツキカゲ様の愛らしさは、もう神話級なので」 「……それでは今の私が愛らしくないみたいではないか」 「ふふっ……もっと私に甘えていただけるのであれば考えを改めます……」  どうやら、茶々さんのおかげで、ツキカゲさんは元の落ち着きを取り戻しているようだ。  店内をみると、私の世界でも使う化学の実験道具のようなビーカーやフラスコのようなものもあれば、占いの道具のような手札や水晶玉のようなものもある。どうやら古今東西の調合器具を取り扱っているようだった。 ***** 「――愛紗。これなんてどうだい?」  ツキカゲさんに呼ばれて近寄ると、茶々さんがテントの奥から様々な大きさの鏡を載せた台を運んできた。 「これらはねぇ、“咲夜姫(さくやひめ)”がこの世界を創造する前からあったといわれる“名無し世代(ななしせだい)万化鏡(まんげきょう)”といわれる遺物さ。これの扱いは鏡に筆で文字を書き、その上で加工した素材を特殊な小瓶や札で取り込むだけさ。超実験中毒な私が進める()しの一品だね」  ツキカゲさんはニヤニヤしながら得意げに私に説明してくれる。 『ホントだ。確かに咲夜姫の零因子を感じないね。ここまで高濃度で純粋な零因子を感じるのは久しぶりかも……どうやって創るんだろ?』  ツヨは台の上でパタパタと耳と尻尾を揺らしながら、じゃれるように鏡に触れた。  その考えは、テレパシーでダダ洩れだが、その口調がまるで新しい玩具を見た子供のようで、ちょっと可愛い。 「……咲夜姫がこの世界を創造する前の世界は、生命体が存在せず、ただただ荒廃した文明が水没する海と霧の世界だったといいます。神話では、咲夜姫が元々いた世界のルールとその世界のルールを混在させて私たちの世界を創ったそうです。そのため万化鏡には私達より高度な技術が隠されているのではないかともいわれています。まぁ中にはこのように観賞用の美術品として価値が高いものもありますね」  茶々さんの解説で改めて鏡をよく見ると、確かに鏡面や額縁に描かれた文字や装飾は自分の姿をほとんど見ることができないほど細かく創り込まれている。大きな屋敷に飾れば、結構見栄えしそうな品物だ。 「もし、技術を優先して消耗する調合器具として利用するのであれば、手鏡くらいの大きさでやや傷のあるものも十分だと思います。それでしたらタダ同然でお渡しすることができますし」 「……そうだねぇ。茶々、いくつか見せてくれるかい?」 「はい」  茶々さんは今ある商品を丁寧にしまうと、別の包みから小さな鏡をいくつか台の上に載せてくれた。  その様子を見て、タロも私の方に近づいてくる。 「……愛紗。選ぶなら、職人筆との相性もあるから気を付けるといいよ」。 「職人筆?」 「あぁ、ツキカゲが愛紗にあげた加工用の筆のことさ」  どうやら、私が貰った“羅津銘(らしんめい)”は一般的には職人筆と呼ばれているらしい。  私は“羅津銘”を取り出し、一つの鏡に近づけた。 ――ジュワッ。  鏡が次第に赤黒くなる。 「あぁ、これは拒絶反応だね。つまり筆と鏡との相性が悪い。でも大体の筆が対応できるから万化鏡は一部の研究者の間で人気なんだけど……」  タロが不思議そうな顔をする。  いや……ただそれもそのはず。先日からツキカゲさんとタロに内緒で羅津銘に結構な量の零因子を溜め込んでいるのだ。それに咲夜御殿からの高濃度の霊因子も取り込んでいるはず……この量に耐えられるだけのものなんて、そうそう見つかるはずは……ん? まてよ?  私は意識を近くの鏡に集中させた。 “万化鏡(い)――製造者不明(東方地方)、許容零因子量1億ロチ、羅津銘での使用不可――” “万化鏡(ろ)――ム×・%+ニソン、許容零因子量100万~1000万ロチ(推定)――“ “万化鏡(は)――偽物の可能性――”  誤字等のバグも多いが、なんとか宙の法(そらのほう)が反応してくれるようだ。中には羅津銘の使用に耐えられるかの判定もしてくれているらしい。 “――使用可――”  ……どうやら幸いにも一つ、見つけられたようだ。  使用できる万化鏡を手に取ると、それは鏡面全体を無数の傷のような流線で彫り込んだやや歪な形状のものだった。 「ん? こちらでいいんですか? 確かにこれは無料でお渡し出来ますけど……」  茶々さんは、私が最初に見た美しい万化鏡とは似ても似つかぬものを選んだため、少し心配そうに私の顔を見つめている。  ……私は、念のため、羅津銘を鏡に近づけてもみた。 「……」  やはり何も反応しない。  ツキカゲさんも満足そうにニヤリと笑った。 「やはり愛紗は自分に合ったものを見つけるのが上手いねぇ……じゃあ、茶々。時間もなさそうだから、こいつと小瓶と札を少し貰っていくよ」 「え? ツキカゲさんは何をっ……と?!」  私が言い終わる前に、ツキカゲさんは購入した商品をヒョイヒョイっと私のカバンに詰め込むと、私の肩を持ち、テントの奥へとグイグイ押していく。 「「「――失礼っ! 天外検(てんがいあらた)めをさせていただくっ!!!」」」  ……気が付くと、テントの外では何か言い争うような声が次第に大きくなっているようだった。
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