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「また思いだしたの?」
ワンルームに一つだけある窓から爽やかな風が入ってくるとともに声が俺を包みこんだ。
「うん、そのようだ……」
朝食のトーストをかじって外を眺める。なにかあるわけではない。代わり映えのしない町。無機質な建物が覆う町。でも、ときには黄色い花が咲いているのを発見することもできて、なにか頭に渦巻いたときに外を見れば、中にあるものがなくなってくれそうな気がする。
「大丈夫。あなたは大丈夫よ」
カーテンを透けてくるやわらかで暖かい陽射しそのもののような声音に、俺は癒される。
「ミモザありがとう」
味気なかったパンへの食欲がわいて、皿にあった食パン二枚をほおばり、コーヒーを注ぎこむ。よし、と気合いを入れて、皿一枚で窮屈なシンクで食器を洗い、身仕度をして仕事へと踏み出す。
ふふ、と軽やかに笑うミモザは、春の一番風に飛ばされて消えてしまいそうだ。足あともなにも残すことなく霧のように風とともに散ってゆきそうだ。
外に出ると顔に当たる風は少し冷たくて、目が覚める。通りを進めば、通勤通学者が増えていき、俺もその一人になり、ミモザといる俺ではなくなる。
俺がふと思い出すもの、それは一年くらい前の仕事の失敗。
あの日もこんな春になりかけの陽気だった。なぜ暖かくなると人はおかしくなるのだろうか。変質者が増えたり、ふらつく人が、ふらつく車も……。
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