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川口と動物園に行った日から、ミモザはほとんどしゃべらなくなった。ふふと笑うことが大半だ。それは嬉しいようで寂しい。けど、今は川口が話し相手になってくれるから、楽しい。
ある日、あることを知った。現在アカシアのことをミモザと呼ぶが、本来ミモザはオジギソウのことだったそうだ。
オジギソウはトゲが鋭いらしい。なんだか、それは、もともと人が寄りつかなかった川口のように思えてきて、「川口もミモザだったのか」と、独り部屋で笑った。
すると、開けはなっていた窓から風が舞いこんできて、ミモザの笑い声が響いてきた。
「ふふ。私以外のミモザが見つかってよかったわね」
風のざわめきとともに久しぶりにミモザが話しかけてきた。それはまるで、最期のお別れにきたみたいに俺は感じた。
「もしかして、消えてしまうのかい」
待ってくれ、と突然の別れに叫びたくなる。けど、悪魔に呼ばれたくなくてこらえた。
「大丈夫。あなたは大丈夫よ」
ミモザの声はだんだんと小さくなり、ふふと笑って聞こえなくなった。
なにごともなかったかのように、ただ風とともにカーテンが緩やかに揺れる。部屋にはミモザの痕跡はなにもない。でも――、
「ありがとう。今までありがとう」
涙が頬を伝って流れ落ちていく。
思い悩んだ日々にミモザは一緒に歩いてくれていて、その優しい足あとの記憶は俺の中で消えないのだろう。
了
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