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あの日、俺の、巡回中である俺らのパトカーの前にはふらつく黒塗りのバンが現れた。パトカーの運転は後輩川口がしていて、俺は助手席に座っていた。
「飲酒……ですかね」
鋭い目つきをさらに鋭くして、川口は不審車を止めるべくスピードをあげた。
川口の目は鷹のようだ。にらまれた獲物は震え上がってつかまるしかない。剃りこまれた頭は威圧感を増し――、悪人よりも怖い悪人面だ。
かつて、川口は「警官にならなかったら半グレになっていたかもしれない」と、パトロール中にぼそりとこぼした。
表情や声の調子を崩さずに単調にそう言ったものだから、俺はそれが本気なのか冗談なのかわからなかった。でも、危ない考えを持って警官にはなれないから、きっと冗談だったのだろう。
それに、「安井さんみたいにタータン似なら、警官にも半グレにもなってなかったかもしれない」とも川口はぼやいていた。タータンとはぽっちゃりとしたタヌキのキャラクターだ。みんなの愛されキャラ的な名前が真面目な顔の川口の口からでてきて、俺は思わず吹きださざるをえなかった。だから、つまり、あれは彼なりのユーモアだったのだと思う。
「もしかしたら、あの車はダンスしてるのかもな」
川口をリラックスさせようと俺はボケてみた。ハンドルを握る川口の手は固くなり、まくられた制服の袖からのぞく腕の筋肉が盛り上がっていたのだ。そう、あのとき俺は、彼を和ませてあげれられるほどに気が緩んでいた。いつも通りの仕事、いつもと同じ飲酒運転の取り締まり……そう思っていた。
「腹鼓を打ちに行かないといけませんね」
相変わらず真面目腐って川口が返し、
「だれがタヌキだって?」
と、つっこみを入れて笑っていた俺はなんと愚かだったのだろう。
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