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「それって、想っている人がいるってことですか」
またサルがわめいたあとに、川口は難しそうな顔をして訊ねてきた。
「あの女と同じなんだ。俺にしか聞こえない彼女がいるんだ。あ、同じといってもクスリはやってないぞ」
変に勘違いされても面倒くさいから俺は正直に話してみた。川口はえっと、声を詰まらせて固まった。
「おかしいだろ。化けタヌキが化かされたとでも言って笑ってくれ」
もう自嘲ぎみに笑うしかない。
と、川口は止めていた息をふーと吐きだし、哀しげに首を横に振った。
「おかしくないです。僕もおかしいですから」
今度は俺が声をのんだ。
「僕もそうでした……」
川口は近くのベンチに腰かけた。俺も隣に座ると、川口は話しだした。
人づきあいがうまくいかなくて引きこもりがちがったこと、怖い顔だから不快感を与えないかと余計に話しかけるのが怖くなったこと。この顔に似合わない冗談なんか言っていいのかわからなくなったこと。それから、当然恋人も友達もいなくて、話し相手は自分の中にいる者だけだったこと。川口はとうとうと過去をさらけだした。
「でも、安井さんが僕との会話に笑ってくれて、僕は話しやすくなって、そしたら、中にいた話し相手は小さくなっていきました。だから、僕は安井さんが好きなんです」
「そうか。それはよか――え?」
最後の言葉に俺は過剰に反応してしまった。入場口で聞いた「デート」を気にしていたせいだろうか。敬意をこめて好きということもあるのに、告白かと思ってしまった。サルがからかうように笑っている。
アホみたいに開いた口を慌てて閉じると、川口は恥ずかしそうにうつむいた。
「僕、他人を好きになったことがなくて。だから、人として好きなのか、これは愛なのかどうかわからないんです。でも、安井さんを好きなのは確かです」
言いきった川口は今や顔をあげ、暖かな陽に当たった瞳をきらきらさせて俺を見つめてきた。
「あ、ありがとう。想ってくれる人がいて嬉しいよ」
……ああ。こんなにもまっすぐな告白をむげにはできない。でも、俺に同性愛の趣味はない。ないけど、妄想の彼女と話し続けるよりはいい気がする。
「あのさ、愛なのかまだわからないなら、一番の話し相手として俺といてくれないかな。そうすれば、中の恋人が消えるかもしれない」
「そうですね。これからも――いや、これからはもっと話しましょう」
突如、風が吹きつけた。川口の爽やかな笑顔は風に飛ばされず、揺るぎなかった。
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