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Memento/Mori 1-アンバーレインの香りと共に-
『朝の、ニュースを……伝え、……す……』
ザリザリと砂を削るようなノイズ音。
ブツブツと途切れた音の海の中から、耳は一つずつ音を拾い上げる。
古ぼけたラジオが奏でるのは、不協和音。
穏やかな陽気とは裏腹の、不穏なニュースが流れ出す。
『未明、……女性の――遺体、……キリ、さき……』
今にも回線が千切れてお釈迦になっても可笑しくないラジオ。
以前なら、この不協和音に耐えきなかった同居人が『早く直したら』と責っ付いてきたものだが、その人物も今はいない。
飴色に変色したラジオの表面を指先でなぞりながら、俺は淹れたての珈琲を口へと運んだ。
「流石にもう、イカれたか」
別に情報収集目的として買ったワケではない。
ただBGMをたれ流す為だけの、コンポーネント代わりに使えれば儲けもの程度。
機能性は重視しておらず、あくまでも惹かれたのはその外観だった。
もともとはヴィンテージ物として出ていた品に一目惚れし、購入を決めたこともあり、その稼働総年数に至っては俺の歳など軽く超えている。
「壊れたのなら、それまでだ」
あとは本来の目的の通り、ただの置物としてそこに在るだけでいい。
価値は示せたのだから――充分に満足している。
「まだ、あと少し……」
カチリカチリと一定のテンポを刻む時計に視線を滑らせる。
早朝に目を覚ましたせいもあり、よりいっそう時間がゆっくりと過ぎていくように感じてしまう。
「……はぁ」
再び、一口二口と珈琲を飲み込んでは、小さく息を吐き出した。
背中を預けていた壁から離れると、そのままの足で別の壁に貼り付けてあるコルクボードの前に行く。そこには大小さまざまな紙切れが所狭しと飾られていた。
写真、メモ、手紙とその種類は様々だ。だが、共通点はある。
「まだ……読める、な」
それをしたためたのは同一人物だ。
癖のある、やや丸みを帯びた字。非力のせいか薄い筆圧。
そして、紙と文字のバランスを意識して書いたであろう内容の数々。
なのに、紙の折り方は壊滅的に下手くそで、端と端がきちんと重ならなかったりしていた。
(几帳面なのか、大雑把なんだか……)
ふとその人物の口癖を思い出し、思わず苦笑してしまう。
一枚の写真をコルクボードから外し、見つめる。
そこには天真爛漫の笑顔を向ける一人の女性がいる。
愛おしくて、狂おしい。
「もう少しだ」
写真を前に、静かに目を伏せた。
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