Memento/Mori 1-アンバーレインの香りと共に-

1/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

Memento/Mori 1-アンバーレインの香りと共に-

『朝の、ニュースを……伝え、……す……』  ザリザリと砂を削るようなノイズ音。  ブツブツと途切れた音の海の中から、耳は一つずつ音を拾い上げる。  古ぼけたラジオが奏でるのは、不協和音。  穏やかな陽気とは裏腹の、不穏なニュースが流れ出す。 『未明、……女性の――遺体、……キリ、さき……』  今にも回線が千切れてお釈迦になっても可笑しくないラジオ。  以前なら、この不協和音に耐えきなかった同居人が『早く直したら』と責っ付いてきたものだが、その人物も今はいない。  飴色に変色したラジオの表面を指先でなぞりながら、俺は淹れたての珈琲を口へと運んだ。 「流石にもう、イカれたか」  別に情報収集目的として買ったワケではない。  ただBGMをたれ流す為だけの、コンポーネント代わりに使えれば儲けもの程度。  機能性は重視しておらず、あくまでも惹かれたのはその外観だった。  もともとはヴィンテージ物として出ていた品に一目惚れし、購入を決めたこともあり、その稼働総年数に至っては俺の歳など軽く超えている。 「壊れたのなら、それまでだ」  あとは本来の目的の通り、ただの置物としてそこに在るだけでいい。  価値は示せたのだから――充分に満足している。 「まだ、あと少し……」  カチリカチリと一定のテンポを刻む時計に視線を滑らせる。  早朝に目を覚ましたせいもあり、よりいっそう時間がゆっくりと過ぎていくように感じてしまう。 「……はぁ」  再び、一口二口と珈琲を飲み込んでは、小さく息を吐き出した。  背中を預けていた壁から離れると、そのままの足で別の壁に貼り付けてあるコルクボードの前に行く。そこには大小さまざまな紙切れが所狭しと飾られていた。  写真、メモ、手紙とその種類は様々だ。だが、共通点はある。 「まだ……読める、な」  それをしたためたのは同一人物だ。  癖のある、やや丸みを帯びた字。非力のせいか薄い筆圧。  そして、紙と文字のバランスを意識して書いたであろう内容の数々。  なのに、紙の折り方は壊滅的に下手くそで、端と端がきちんと重ならなかったりしていた。 (几帳面なのか、大雑把なんだか……)  ふとその人物の口癖を思い出し、思わず苦笑してしまう。  一枚の写真をコルクボードから外し、見つめる。  そこには天真爛漫の笑顔を向ける一人の女性がいる。  愛おしくて、狂おしい。 「もう少しだ」  写真を前に、静かに目を伏せた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!