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Memento/Mori 1-序章-
最初の印象は、痩せこけた野良猫のようだと思った。
愛嬌を振りまき、餌を貰おうとすり寄ってくる意地もプライドもない生き方。
「くだ、さい……」
色のない現実味の欠けた世界。
感情の起伏の少ない真っ平らで地平線のような心が、僅かに反応を示したのがその言葉だった。
人との関わりを拒絶し、馴れ合いを嫌い。
上辺だけの笑顔など不要だと、虚ろな身体をただたた機械的に動かし生活をしていた。
そんなある日――いつものように、公園で独りベンチに座り空を仰いでいたその時、
「ごはんを、ください……」
弱々しく、今にも消え入りそうなほどか細い。
庇護を受けなければ生きられないのだと訴えかける声だった。
「…………」
目にかかる長めの髪のせいか視界は不良だ。
それでも、今この目の前に佇む少女よりかは幾分かマシだろう。
一目で判る。
栄養が欠落し、痩せこけ骨が浮いた身体。
もとは白かったであろうワンピースは汚れに汚れ、茶色なのか灰色なのか判別が難しいくらいの微妙な色合いだ。そして初春の季節の中でも、身に纏うにしては薄っぺらい衣服。
それに、なんと言っても……。
「……。おまえ……」
衣服の隙間からは、痣が見え隠れしていた。
(虐待、か……)
問いかけずとも、容易に想像できる。
こんな寒空の中、ろくに着る物も食べる物も与えて貰えていない。
そんな姿を見れば、誰だって虐待を疑うだろう。
「ごはん、ありません、か……」
拙い問いかけ。言葉を交わすことなく、ジッと少女の瞳を見据える。
長く伸びた髪の隙間から覗く濁った瞳。希望もなく絶望すらも地の底に落ち、何も残っていないただの残り滓。そんな空虚な瞳の筈なのに、その時、確かに目が合った。
そんな彼女を見た瞬間、立場は違えど『同じ』だと直感した。
「……。いるか?」
食指が動かないながらも、買っておいたコンビニのおにぎり。
ガサガサとビニール袋の中に手を突っ込み、いくつかのおにぎりの中から鮭おにぎりを掴むと、少女の小さな掌に置いた。
「おにぎりなら、食えるだろ」
「……。おにぎり?」
まるで初めておにぎりを見たかのような反応を示した。
「まさか、食べたことないのか」
「……」
少女は、コクンと首を縦に振る。
そして頷いたかと思えば、おにぎりの包装を破ることなくそのまま口へと運ぶ。
「ハァ……、待て」
疑うことも、躊躇うこともなく。
口に入れようとするその手を思わず掴んで止めると、おにぎりの包装を外し、海苔を巻いてからおにぎりを少女に渡した。
「……!」
包装を外した途端、香ばしい海苔の匂いを鼻腔が感じ取ったのだろう。
おにぎりを口に運ぶと、強張っていた表情が破顔した。
「美味いか……?」
「……っ」
一言、二言。
千切れた落ち葉のように、淡泊な言葉を紡ぐ。
それに対して少女は、おにぎりを頬張りながらもしっかりと頷く。
余計なことは言わず。
疎むような視線も向けられることもない。
ただの犬猫に向ける情と似た感情だと言ってしまえば、それまでだ。
そしてヒトに対して抱くべき感情でないことも理解している。
だが、それでも――目の前の少女に対し、それと似たような印象を抱いていた。
野良猫……或いは、捨て猫と言い換えても良いかもしれない。
どちらにしても酷い感想だと自分でも思う。
だが、面倒くさい奴らとの付き合いを思うと何百倍もマシに思えた。
「……落ち着けよ。まだある」
一心不乱に頬張る姿を見ていると、何故だろう。
口端が吊り上がる感覚を覚える。
それは、自分と似た境遇を感じたからだろうか。
それとも、自分より『弱い対象』を見つけた優越感からだろうか。
どちらが本心なのかは判らない。けれど――、
「あり、がと」
千切れた言葉。拙い言葉。
簡素で淡泊な言葉の筈なのに……それが、他のどんな言葉よりも嬉しいと思ってしまった。
「どう、いたしまして……」
薄汚れた野良猫のような少女に、心を奪われたのだ。
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